朱と蒼の螺旋


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螺旋。交わらず。繋がらず。くるくると落ちていく。
落ちていく。


――ガキィンッ!

背後から、金属音。鉄が弾けるような。
続いて、何かが倒れ込むような音。明らかな異変。咄嗟に、神尾晴子(023番)は振り向いた。
「居候――!?」
二人の姿。膝を付き、深紅に染まった右肩を押さえる男。仲間の国崎往人(033番)。
もう一人。天沢郁未(003番)。狐につままれたような顔で、右手の方へ駆けていった。
何があった?状況を理解するより早く、隣から少女が駆け出している。
神尾観鈴(024番)だ。当然ながら、晴子も自分の娘に続いた。
「往人さんっ――」
「居候、どないしたんやっ!」
「撃たれた――くそっ」
黒いシャツは、袖まで血に濡れていた。傷は二つ。右肩の、前と後ろ。貫通している。
紅い肉。血を吹き出し続けるその傷口に、観鈴は一瞬気を遠くする。だが、倒れてる場合ではない。そうだ、止血。
布が居る。……当然、布など無い。服を破る他には。
早速、制服のスカートを引きちぎ――
既に晴子が袖を破っていた。右の袖を。何となく、うなだれた。
硫酸で焼けた傷口が見えた。思わず、目を逸らした。
脇の上をきつく縛り付ける。往人は、痛みを感じない。
「……我慢しときや」
痛くないけどな。
血は止まる。縛り付けられた右肩は迂闊に使えない。失血死よりはマシ、か。
「ったく、あいつらもけったくそ悪いことしよってに。……居候、銃借りんで」
「……おい、勝手に使うなよ」
「一発ぐらいなら変わらんわ」
ベネリM3を晴子が握る。重い。手に掛かるずっしりとした感覚。
鉄の重み。それは確かな「強さ」を伝えてくれた。これなら。

「敵が、何処にいるかは、分からない。注意しておけ」
「――?敵なら、目の前におるやろ」
事も無げに。晴子の言葉に、往人は顔を青ざめた。まさか、お前。
あの少年が撃ったと思ってるのか――?
「ほら、あのガキならそこに転がっとるわ」
やっぱり、勘違いしてやがる。くそっ!
「晴子ッ……ォッ!」
声を出した。――突然、右肩の傷が激痛を。……息が、吐けない!
「往人さん、じっとしてて……後で、ちゃんと診るから。ね」
「……観鈴」
ああ、観鈴……聞いてくれ。聞こえるか?……声が出ない。
痛い。痛い。くそ、傷が熱くなってきた。さっきまで痛くなかったのに!
晴子が、立ち上がる。観鈴も立ち上がった。……いつの間にか、往人は倒れている。目は虚ろ。
ショックで知覚出来なかった痛み。戻ってきたそれは、彼の精神を叩き潰す。
暗くなる。まずい。気を失ってはまずい。言わなくては。伝えなくては。違うと。
違うんだ。あいつは。あいつは、撃ってはいないんだ……!
……伸ばした手が、落ちた。

「……往人さん」
「観鈴、構えとき……アンタが頑張らんと居候が死ぬで」
「………」
唇を噛む。歯痒さ。どうして、こうなるのか?
誰も傷つかないで終わる筈だった。共に行けずとも、それだけで十分だった。それなのに。
裏切るだなんて――。
シグ・ザウエルショート9mmの銃口が持ち上がる。狙うは、目の前の二人。
――撃てるのか?いや、撃たなくては。……護る為に。
銃口は、かたかたと揺れている。
対して。ベネリM3の銃口が揺らぐ事は無い。


ゆらり――。少女が立つ。まるで幽鬼の様に。
――包丁持っとるわ。鬼よか山姥っちゅう方がベターやな。
晴子を見た。続けて観鈴を。観鈴の銃を。晴子の銃を。往人の肩を。
酷く、明確な殺意を込めた目。本性を現したか。
晴子が、一歩、前に出た。途端、吹き付ける、まるで風の様な殺気!
髪が後ろに流れるかのような錯覚。背中が冷や汗で滲む。おぞましい。山姥の方がよっぽどマシだ。
「あんたが――」
包丁の刃が返る。日の光を浴びて、銀の光を、妖しい光を、日に返す。
ただの包丁が、鋭いナイフか刀の様に見えた。
……あれに千切りにされるより早く、散弾を叩き込むには?
打開策は考えつかない。しかも、疑問はもう一つ、やってくる。
「あんたらが、撃ったのね――?最っ低……最初からっ、このつもりで……!!」
………。は?
思わず、そう返しそうになる。何言うとんねん、こいつ。
「……逆恨みもええとこやわ。人のツレの肩、ブチ抜いてよぉそんなん言えるなっ!」
「――ふざけんじゃないわ。私達、銃なんて一丁も持ってないのよ」
――下手な嘘を――。
郁未が前に出る。晴子は、反射的に一歩だけ下がった。美鈴達もそれに呼応する。
さらに一歩。下がる。
一歩。下がる。その度に、少年(048番)の姿が少しずつ遠ざかっていく。
なるほど。セコい作戦やわ。
次の一歩――の前に、ベネリM3の銃口が郁未を捉えた。観鈴が、目を見開いた。悪いが、無視。
「はっ!嘘吐きは、コソ泥の始まりやで」
コソ泥には、地獄行きの切符をくれてやる。



【残り26人】

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