凶弾の正体は
「はっ!嘘吐きはコソ泥の始まりやで!」
その声と共に、ベネリM3から幾重もの銃弾が吐き出される。
ドン!
だが、その弾丸が屠ったものは郁未ではなく、ただの――地面。
「クッ!何処に消えたん・・・」
ヒュン!
一瞬、空気を裂く音が聞こえた後、晴子の左腕には、いつの間にか移動したのか、死角に立っていた郁未の包丁が深く突き刺さっていた。
「あぐあっ・・・・」
「お母さん!」
腕を抑え、苦痛に顔を歪ませる晴子。
母の腕に刺さった包丁に驚く観鈴。
二人の注意は完全に郁未から外れていた。
(今だ!)
そのまま少年の所に駆け、その体を持ち上げ、肩に担ぐ。
(うっ・・やっぱ重っ・・)
それなりの体格とはいえ、やはり担いでいる対象は男、郁未にとって少年の重さは予想以上だった。
(でも・・そんな事言ってらんないわ・・・早くこの場を離れないと)
確かに、少年を傷つけたあの三人は郁未にとって殺してやりたい程憎い、だが考える。
向こうの武器は、ショットガンと銃が一丁ずつ。
それに対してこっちは頼りない包丁一本。
普段なら何とかなるかもしれないが、この島では無理だ。
ならば残された選択肢は一つ、逃げることだ。
そのためには、何処でもいいから一撃で相手が混乱するようなダメージを与える。
だから最初の一撃を交わし、唯一の武器でである包丁を投げてでも相手に『当てる』必要があった。
そして偶然か、思い通りに事が運んだ。
一気に攻めればそのまま三人を倒せたかもしれなかったが、今の状況で『賭け』ともいえる行為はするべきではない。
自分達にとって一番重要なのは、逃げ出すことなのだから。
(覚えてなさい・・必ずこの借りは返すわよ・・)
少年を担ぎ、そのまま力の限り走りつづける。
「アカン・・あいつらトンズラする気や・・、追わへんと・・」
「ダメだよお母さん!まだ血も止まってないんだよ!」
立ち去ろうとする二人を晴子は必死になって追おうとするが、いかんせん腕の痛みが酷い。
少し動かすだけで、焼けるような痛みが走る。
それを見ても観鈴は、ホッとしていた。
誰も死なないことに。
母がその手を汚さなかったことに。
「うっ・・・ぐう・・」
その時、肩の傷を抑えながら往人が目を覚ました。
「往人さん。大丈夫?」
心配そうに観鈴が顔を近付ける。
「ああ・・まだ生きているようだ」
どうやら痛みのために往人の意識は覚醒したらしい。
「俺の事より晴子、その傷は、まさか!?」
「考え通りやで、女の方にやられたんや」
「バカな・・最初の銃弾だって・・ってオイ!あの二人はどうした?」
「あそこに見えるやろ」
見れば100mぐらい向こうに、引きずるような動きで、少年と郁未がいた。
「男の方はまだ意識が無い筈や、追うで!居候!」
その声に対し、
「バカ!何言ってんだ!アイツが起きてないって事は!」
そう、まだ郁未は、気付いていない。紛れも無い殺意に。
「ハア、ハア、ハア、・・・」
息を切らせながらも、郁未は走る。
(もう少し・・あとちょっと!)
前方に見えるのは、深い森。
見れば、あちこち植物が生い茂ってる所だ。
視界外に一度逃げれば、いくらでも撒ける。
(よし・・だいぶ離れた!絶対に追いつけない!)
森まであと10m。
ふと三人のほうを見ると、こちらに向かってきているようだ。
(もう遅い!)
あと5m。
銀髪の青年が走りながら何か叫んでいる。
何を言っているか良く聞こえなかったし、聞く気も無かった。
あと1m!
(やった!勝った!)
郁未の口元に笑みがこぼれた。
その瞬間。
ズガガガガガガガガ!
その音と共に郁未の足に何発か、銃弾が当たる。
「ううっ・・」
痛みに耐え切れず、郁未は地面に倒れこむ。
――あの三人に撃たれた?
(違う!今のはマシンガンみたいな銃!って事は!)
その時、茂みから男が現れ、困ったような表情を見せる。
(やれやれ、同士討ちを期待してたんだが・・。まあ、仕方が無いか・・)
手に持っているG3A3アサルトライフルが、不気味な光沢を放つ。
(さあ、絶望と恐怖をプレゼントしてやる)
少年は未だ、動けない。
【フランク長瀬 G3A3アサルトライフル装備】
【天沢郁未 足を負傷】
【神尾晴子 左腕負傷】