見敵
白を基調に、無機質なまでに清潔さを誇っている一室。
少し前までは、喚くような大声が鳴り響いていたのだが、今では静けさを保っている。
そこに、三つの人影があった。
正しくは二体と一人の影、なのだが。
長瀬源三郎と、彼の治療のために派遣されたHMが二体。
源三郎への治療行為は実質終了しているのだが、興奮し暴れるため止血がままならず、
本来既に施設の維持作業に戻っているはずのHM達は、いまだに医務室に残留していた。
「もういいと言っているだろうが!戻れ!」
「声紋パターンエラーにより命令無効です」
何度か発せられた源三郎の叫びも、ことごとく無視されてしまい、今では命令すること自体
諦めてさえいる。
(くそっ…御堂が来たところで、こいつら指ひとつ動かさないということか…?)
忌々しげにHMを睨んでみるが、彼女達は動じることもなく、壁際に侍っている。
源三郎は腹立ちを抑えるために、目を瞑り心を静めようとした。
…そのとき。
ダダダダダダダダァン…
銃声、そして轟音。続いていくつかの騒音が遠く流れてくる。
(ついに、御堂が-----!)
慌てて自動扉の覗き窓から外を窺うが、誰もいないようだった。
ここに来て、何度うろたえただろうか?
競馬の対象と変わらなかったそれが、今では明確な恐怖の対象として近くにいる。
人間が馬を追い抜けるだろうか?
…無理な相談だ。
しかし、追い抜かなければ命はない。
手に握り締めた、忌避すべきものだけが…最後の希望だった。
「千鶴さん、今の音…!?」
「まったく、顔の割に派手なおっちゃんだよ…」
別れて間もなく、御堂さんはどこから見つけたものか戦闘相手に遭遇したのだろう。
時に断続的に、時に連続して、不快な低音が施設の中を駆け巡っていた。
「わたし達も、急ぎましょう」
位置的に倉庫にたどり着く方が時間がかかりそうだと予想していたのだが、用心して進む
うちに、手馴れた御堂に抜かれてしまったのだろう。
かと言って警戒を怠るわけにもいかず、三人は御堂に遥かに及ばぬ速度で歩いていった。
「やっぱり警護がいたのかな?」
「倉庫が、ただの食料庫や物置じゃなかったってことでしょうね」
「例えば?」
梓が気にする風でもなく尋ねてくる。
しかしわたしは、今では別行動をとったことを少し後悔していた。
「…例のコンピューターの資料とか、それとも島のデーターが保管してあるとか。
施設の位置が明記されていれば、かなりの重要資料だろうし。
詠美ちゃんや繭ちゃんが持っていたようなCD媒体なら、あってもおかしくはないでしょう?」
「そっか」
「兵士詰め所がないから、装備品自体は少ないのだと思うけれど、武器もあそこにあると思うしね」
だからこそ、御堂さんに行ってもらったのは正しい選択だったと思う。
…全員で、行くべきだったかもしれないけれど。
千鶴達が医務室についた頃、気が付けば銃声は聞こえなくなっていた。
おそらく倉庫の戦闘が終了したのだろう。
(何も、なければいいけど…)
そして、一呼吸。
ようやくたどり着いた医務室にある自動扉の覗き窓から、中を窺う。
HMが見えるが…非武装だろうか、手に包帯を持ったままなのが見て取れる。
心に巣食う不安を祓って、目前の対象に意識を集中する。
「いくわよ」
小声で、短く一言。
応じて梓とあゆちゃんが頷く。
タイミングを計って突入しようとした、まさにその時。
横に開くはずの自動扉が、私のほうへと吹き飛んできていた。
【チヅアズアユ 丁度御堂たちの戦闘が終了したあたりで、到着した感じです】