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殺人


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ドガガッ!

短い衝撃音と共に、注視していた扉と、千鶴姉が同時に視界から消える。
振り向けば、ラグビー選手の体当たりでも受けたかのように、廊下の反対側近くまで吹き飛んだ扉の下に、
千鶴姉が倒れている。
「千鶴さん!」
あゆが駆け寄る。
あたしは、振り向く。

振り向いた先には…鬼が、いた。

「なっ!?」
よく見れば、鬼ではない。
しかし膨張した筋肉と、狂ったような殺気が連想させるものは、まさしく鬼の雄性体だった。
無造作に振り上げられる右腕を、棒で抑える。
…いや、抑えようとして、そのまま両腕ごと万歳するように跳ね上げられる。
危うく棒を投げ飛ばしそうになりながら、あたしは無様に後ろに転がった。

起き上がったときには、間合いを取ることすらままならず、既に相手は目前まで踏み込んでいた。
今度は左脚が飛んでくる。
直撃すれば今度は天井まで飛ぶかもしれないな、などと頭のどこかで考えながらも体は動かない。
(くっ!)
衝撃に耐えるべく、どうにか身体を緊張させるが…

バシン!

…またもや、扉が飛んできていた。
勢いは先ほどと段違いに弱いが、千鶴姉が投げ飛ばした扉を叩き落すために攻撃が止まる。
扉が落ちる虚ろな音か鳴り響き、一時の静寂が訪れた。

「長瀬…源三郎さん、ですね?」
「御堂かと思えば…貴方達でし・でしたか。
 なな・何故、いい・生きて生きて生きているのですすす・すか?」
冷静な思考と、暴走する身体がせめぎ合うように、不気味な台詞を繰り出してくる。
ひび割れささくれた添え木と、千切れながらも纏わりつく包帯が鬼の体毛のようでもあった。

「あなたに、教える必要は…ありません」
その言葉が合図だったかのように、再び緊張感が高まり、二人は正対する。
オヤジの右側にあたし。千鶴姉の斜め後方にあゆ。

あたしは、無言であゆに発砲を促す。
殴り合いを始めてしまえば、銃の出番はほとんど無いが-----今なら、当たる。
「うぐぅぅぅぅ…」
銃を手に、低くうめいて震えるあゆ。
(やっぱ、こんなんでも人間相手は無理か…)
あゆに持たせたのは失敗だったかもしれないな、と苦々しく反省するが…一方であゆに人殺しを
させたくないと思う矛盾もあった。

「ぐおおおおおおっ!」
吠えるように叫んで、オヤジは千鶴姉に襲いかかった。
繰り出した右腕の下に潜り、脇から外へ抜けながら切り裂く千鶴姉。
「さすが!」
的確な速さに感心しながら、あたしは怯んだ相手の顔面に棒を叩き込む。
もんどりうって転倒する化け物。

「…どうだ!?」
そのまま様子を窺いつつ、二人で軽く攻撃を放つが、あまり効果がない。
そして起き上がった時には…出血がほとんど収まっていた。
「そこまでして…」
「信じらんない…」
二人で驚き、呆れる。

「こここ・殺す!貴様らも!みみ・御堂も!」
潰れただみ声と、ふいごのような呼吸音を撒き散らしながら、オヤジが突進してくる。
千鶴姉が爪を振り、太腿の筋肉を斬りながら右にかわす。
あたしは左にかわしながら、即頭部を痛撃してやるが、わずかに揺らいだに過ぎない。
ぐらり、と崩れたバランスを取るために、向きを変え踏み出した足の先には…

…あゆが、いた。

「ここ・小娘!貴様からだ貴様からだ貴様からだ!!」
貴様からだ!と連呼しながら。
泡を吹きながら再び突進するオヤジが、あゆの目前に迫る。
「ぅぐ!」
目があって硬直するあゆ。
「あゆちゃん!」
千鶴姉が叫び、突き飛ばす。

オヤジは千鶴姉を横から捕らえ、そのまま両者ひと固まりとなって壁に激突する。
ずだん、という地味な衝撃音から速度を落としたのが解ったが…千鶴姉は捕まっていた。
「…か…は」
ぎりり、と引き絞る音すら聞こえてきそうな、強力な締め付けに声すら出ない。
「このおっ!」
あたしは背中から棒で殴るが、どうやら蟷螂の斧でしかなかった。
「…あ…熱…」
化け物じみた治癒能力が、熱気と激しい呼吸を導き出している。
距離を置いたあたしにまで熱が伝わる。
この怪力では、内臓や骨がやられてしまうだろう。

無力さを嘆いても、何も起こらない。
それでも、叩くしかないあたしの背後から、声がかかった。

「あ、梓さんっ!」

振り向けば、そこに。
あたしは驚いて身を伏せる。

タタタ!
タタタタタ!
軽い連射音が二回。
オヤジの背中にばらばらと弾丸が吸い込まれていく。
そして、化け物は千鶴姉を抱いたまま、膝をついた。

しかし、倒れはしない。
「くっ…」
苦痛にうめく千鶴姉。
「う、うううう!」
あゆが涙目のまま、引き金を絞る。
再びタタタ、と連射音が響いて…

…ようやく、腕がほどけた。
のろのろと千鶴姉は身体を引き抜き、爪を振りかぶる。
もはや動かないだろうオヤジの首を、深々と、そしてゆっくりと切り裂く。
大量の血が、ポンプで放ったように跳ね飛び、あたし達は返り血を浴びた。


「うぐうぅぅ…」
銃を構えたまま硬直しているあゆちゃんの方へと、わたしは歩いていった。
「源三郎さんは…死んだわ。
 殺したのは、わたしよ」
人を殺す、という恐怖を乗り越える前に行動してしまった代償として、彼女は錯乱していた。
「あゆちゃん、銃を-----おろしなさい」
血塗れのまま微笑んでも、恐ろしいだけかもしれないけれど。
それでも、わたしのために戦った彼女を救ってやらなければならない。

だから、痛む身体を黙らせて、わたしは手をさしのべる。
あゆちゃんがぽろり、銃を落とす。
「うううううっ!
 ち、千鶴さんっ!」
そう叫ぶと、がば、と抱きついてきた。
よくよく-----抱きつかれる日のようね、そんな風にぼんやりと思った。

やっぱり身体は痛かったけれど。
苦痛では、なかった。


 【長瀬源三郎 死亡】
 【チヅアズアユ 地下三階へ】

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