end of the breakdown
闇は深く。
それはまるで、海の底の様。彼は一人、漂っている。その中を。
――鼓動。それは深い闇に、延々と響く。
"それ"は不可視の力。抑えきれぬ破壊の力。
溜まりに溜まった暗黒。それは今、彼の身体を壊さんとしている。限界が近い。
どうせ、長くは保たない。分かってる。そんな事は。
――一人ならば。押し寄せる崩壊の予感に、とうに気が狂っていただろうか?
だが今は。狂ってはならないのだ。誰の為でもなく。彼女の為に。
――どくん。
微かな"うねり"。闇は蠢く。
何かが始まった。それは彼自身も聞いていた。闇も。
スガガガガガガガガッ――
聞こえる。遠くから。水の中から聞くように。
銃声。それと、悲鳴。悲鳴だったが、聞き慣れた声。郁未だ。撃たれたのか?
参ったな、助けないと……。
――どくん。
外に出んとする。闇はさらに蠢いて。
力を抑える方法。それは己ごと封じる事。眠る様に。
だが、今はそれどころではない。郁未が危ないのだ。起きなければ。
だが、起きるということは。つまり――
――これで。これで、最後かもしれないってことかな?
力が彼と同化する。交わるように。
……ああ。本当は、君と一緒に出るつもりだったんだけど。すまない、郁未。
外が近付いていく。覚醒は近い。
最後に――
厚かましいかもしれないけど――彼女を頼むよ。国崎君。
微かな、硝煙。火薬の臭いが鼻を突く。
フランクが茂みから姿を現す。本来、殺すだけなら姿を現さずともよいのだが。
理由はただ一つ。彼の目的だ。
少年に絶望と恐怖を与える事――。
恐怖は難しい。飄々としたあの様子。何があろうと恐れはすまい。死んでも、だ。だが、絶望なら?
その為の要素が、今、目の前にいるじゃないか。
天沢郁未――
奴の何かは知らぬ。だが、恐らくは大切な何か。恋人か。それとも。
フランクの顔に笑みが浮かぶ。絶望を与える術。それが思いつく。とても、とても残虐な術。
少年の目の前で、彼女を。
その為に。まずは少年を起こさねばなるまい。蹴るか。それとも撃つか。
天沢郁未が森へと引いていく。少年の身体を引きずりながら。
撃たれた足が痛い。涙目だ。それでも尚、その顔は使命感を帯びて。なんと強い女。
だからこそ、だった。
ズガガガッ!
銃声。四発。その内の三つが、少女の左肩に穴を穿つ。
「うああぁアアッ……!」
悲鳴。半狂乱になって、もがく。遠くから、怒号。そして悲鳴。うるさい。
振り向いて、撃ち放つ。五発。
駆け付けんとする銀髪の男、確か国崎往人、が足を止めた。当たってはいない。
――片手でショットガンは撃てまい?静かにしていろ。
振り返る。少年は未だに目を覚まさない。これでもまだ、目を覚まさない気か?
そうか、なら、次は右肩でも――
びしっ。
妙な音。それは、まるで、何かが弾けるような。
――びしっ。びちっ。
少年の身体から血が噴き出す。目覚めたか?しかし、何故血が出るのだ。
――いや。これは?
ぐううううウゥゥゥゥゥ。
何だ、この声は。待て。"これ"は何だ――!?
「―――」
郁未は、声すら上げない。上げられない。
強烈な重圧?いや、プレッシャー。それは、今立ち上がった者から。
「――イ――――ク――ミ――」
声。辛うじて、呼ばれたのだと気付く。……何?
続きが無い。その代わり、溢れんばかりに浮かび上がった、不可視の力が――消えていく。
そして。
「――すまない、郁未」
最後は、酷く静かな声だった。
【残り25人】