二つの悲劇、二つの殺意
「レミィ……」
ぽつり、と呟かれた一言。血の香りの中、微かに漂い、消えていく。
北川は、レミィの亡骸を抱えて。泣きもせず、もはや叫びもせず。
祐一は黙ってそれを見ている。縛られてさえいなければ。くそっ。
でも、俺に何が出来るんだ……今の、北川に。
小屋の外からは啜り泣く声。結花を呼ぶ声。何が起こっているのか?
それも、やがて泣き声しか聞こえなくなった。……死んだのか。
悲劇だった。今、目の前に広がっているのは。
焼け付くような痛み。こんなのは、何度も見た。思い出せぬ記憶が訴える。
違う、そんなものは知らない。そう、いつもの様に訴えようとして。
止める。
事態はそれどころではなかった。北川が、立ち上がる。その手に釘打ち機を握って。
「……北川?」
「悪いな、相沢。話は後だ」
祐一に背を向け、言葉を返す。その顔は見えない。泣いているのか?それとも。
だが、その雰囲気。祐一に、予感めいたものを伝えてくる。これは――危険だと!
「北川、お前まさかッ……!」
「………」
答えない。だが、北川は、迷わず開いたドアから外へ出た。その先は見えない。
その行動は、一つの結論を導いた。
「北川!北川ァッ!」
声は届かない。
「お前――あの二人を殺す気なのかっ!?答えろ、北川っ!」
――返事は無い。ただ、最後に見た背中は。
確かに、そう、言っていた。間違いなく。
泣き声。血の量すら少ないが、状況は同じ。小屋の中と、同じ。
少女が泣いている。少女が倒れている。それはまさしく悲劇。
それでも――許す気はない。
「………」
泣き声は止まった。特に直接何かをしたわけでない。いや、したか。
釘打ち機は、確かにスフィーの頭を捉えている。それは何かを語る事無く。
ただ、"死"を語る。
「お前が、レミィを殺したのか?」
淡々と。北川の目には、狂った様子も見られない。
狂っていないからこそ、狂ってないとも言える。まさしく、そうなのかもしれない。
返事は無い。釘打ち機の狙いが変わる。こいつじゃないとすれば、こっちか。それだけの理由で。
黒帽子は、無表情で北川を見ていた。答えは無い。
「……あたしが撃ったよ」
声。それはまさしく、スフィーのもの。芹香の危険を、察知したからか。
釘打ち機の狙いは、また元に戻る。
「結花を撃ってた……。何があったかは知らないよ。でも、だからあたしも、撃った」
「……そうか」
無表情な会話。ただの事実の確認のように。
ああ、レミィ。何でお前は撃ったんだ?撃たなきゃ、お前は死ななかった。
俺が居ない間に何があったんだ?……くそっ。
北川の顔が歪む。悔やむ。己が離れてしまった事を。
こんな事になると知れていれば、死んでも離れなかった――。
「ひょっとしたら、結花が最初に撃ったのかもしれない。でも、そんなの分かりっこない……。
……レミィさんだっけ?あの人、貴方の仲間だよね」
すぅ、と立ち上がる。地に横たわる、結花の姿。そして、少女が握るのは――
拳銃。
「俺が、レミィの仲間だから……殺すのか?」
「――芹香さん、下がってて」
答えない。ただ、その言葉は、十分過ぎる程の返事だった。
芹香は、一瞬躊躇ったものの――
「すぐに行くから……」
その言葉で、右手の方へ駆けていった。北川は、芹香を撃たなかった。撃つ気も無い。
静寂。満ちる、殺気。いつ、銃が上がるとも知れぬ、その空気。
――北川!
その中に、一つの声。祐一の声。小屋の中から、空しく響く。
「お前は、レミィを殺した。だから殺す。十分だろ?」
――北川ァッ!
静止を求める声。もはや誰にも届かない。ただ、響く。
スフィーは答えなかった。
――北川、止めろ!北川ァァッ!!
――皮肉にも。
静止を求める、その絶叫が、合図となった。
【残り24人】