この狂気の戦場で
銃声と、何か鋭いものが射出されるような音とが、同時に響いた。
「え――」
「な…?」
潤とスフィーが、それぞれ驚愕の表情を浮かべる。
互いが、互いを撃ち殺そうとした。
撃つべき相手は、正面にいる、自分に凶器を向けている相手。
大切な者を殺された、仇であるはずだった。
なのに――
「あ、相沢……」
惚けたように、潤が呟く。
レミィの仇である赤い髪の女を遮るようにそこにいる、彼の視界に写るのは――
いくつかの釘と銃弾をその身に受けた、未だ後ろ手で縛られたままの――祐一の姿だった。
「やめろって……言ってるだろ……二人とも……」
呆然とする二人の間で、言いながら、ゆっくりと、仰向けでその場に崩れ落ちる。
「あ、相沢っ!」
「……」
潤が、祐一に駆け寄る。
スフィーまでもが、拳銃を構えた姿勢のまま、呆然としていた。
殺すつもりで撃ったとはいえ、そこに倒れているのは、違う人間――
撃つつもりの無かった相手なのである。
少なくとも、今は。
人は、そう簡単に、冷酷になったり、狂気に陥ることはできない。
想像外の相手を撃ってしまったことによって、スフィーの心は、混乱していた。
「おい! 相沢、しっかりしろ!」
潤の方は、スフィーのことはすっかり失念した様子で、祐一に声をかける。
「もう……やめろよ………殺すだの…殺されるだの………」
掠れるような声で、空を仰ぎながら言う祐一。
もうその瞳は、誰も捕らえてはいない。
「相沢……」
「訳もわからんまま、疑われて、捕虜にされて……
……人が来ても…また疑って………殺し合って……
そんなの、おかしいだろ?」
潤とスフィーは、まるで独り言のように続ける祐一の言葉を、黙って聞いていた。
「この殺し合いが、強要されてるものだって言うなら…
何故、みんなで協力して、打開しようとしない……
何故、みんな……人を信じようとしない……
…何故、みんなで、抵抗しようとしないんだよ………
そうしなかったら…この「殺し合い」を管理してるやつの…思うツボだろ…」
それは、この狂気の戦場で、皆が忘れていたこと。
いつか死んでいった、白い女性が、己の死と引き替えに、皆に訴えたこと。
祐一が記憶を失ってしまったからこそ、思い出せたこと。
「その現実から逃げちまったらしい俺が、言う台詞じゃ…ないだろうけどな……」
ぼんやりと、視界に広がる空。
掠れて、よく見えない。
遠くから…いや、実際は近いのだろう、北川の声がする。
何を言っているのかは、もう、聞き取れない。
(……どうして、こんなことをしたんだろうな、俺は)
祐一は、刹那と久遠が混在する瞬間の中で、ふと思った。
自分だって、命が惜しい。
わざわざ二人の前に出なくたって、止める方法は、あった筈だ。
(…俺は…死にたがっていたのか……?)
そうかもしれない。
なにしろ現実逃避して、記憶を失ってしまった位だ。
無意識に死にたがっていたとしても、不思議はないのかもしれない。
(だとしたら……さっきのは、本当に俺が言えた台詞じゃないな……)
祐一は、心の中で軽く笑った。
こんな状況でも、皮肉屋祐一は健在らしい。
急に、今まで出会ってきた人たちの思い出が、心の中をよぎる。
これが走馬燈というものなのだろうか?
(名雪……秋子さん……あゆ………みんな………)
この島で、未だ「殺し合い」をさせられてる、
或いは、もう死んでしまったと聞かされた、大切な人たち。
特に、名雪と秋子さんのことを思うと、心が苦しくなるのはどうしてだろう……
そして……
(茜……)
祐一は、昔出会った、好きだった女の子のことを思い出した。
参加者名簿に載っていた、同じ名前。
あの名前が、自分の知っている里村茜と別人であることを、願わずにいられない。
(茜……お前は……違うよな…
こんな酷い世界で、殺し合いなんて強要させられずに、今もあの空き地で、待ち続けているんだろ……?)
祐一は、気づかなかった。
心の中に写る、茜のビジョンが、自分の覚えているものよりもずっと、成長しているものだったことに――
「……」
スフィーは、涙を流していた。
今、この人が言ったこと。
当たり前の事だったのに――
分かっている筈だったのに――
それを忘れずにいれば、きっと、結花も、あの金髪の人も、死ぬことはなかったのに――
「相沢っ! 相沢!!」
潤は必死に、祐一に呼びかけを続ける。
「…みんな……負けるなよ………俺みたいに…な……………」
そう言って、祐一は、ゆっくりと目を閉じた。
001相沢祐一 死亡【残り23人】