やわらかな指
中天へと昇りゆく太陽の熱のみが、その場所を支配していた。
じりじりと身を灼く光に晒されながら、言葉を発せぬまま、あたし、スフィーは返り血を浴びたまま呆然と立ちつくす。
嘘みたいに冷たくなった結花のからだ。
そのそばで、不思議と安らかな表情を浮かべて、眠っているかのように倒れ伏すレミィ、と言う少女のからだ。
(結花を殺した、ぬけがら)
(……あたしが殺した、ひと)
事実を反芻して両の握り拳をぎゅ、と固める。銃はとうに地面に落ちていた。
拾い上げる気は、起きなかった。
祐一と呼ばれていた少年のからだは、もう一人の少年の腕にきつく抱き留められている。
北川というらしい彼の瞳からは、まるで機械のように涙だけがこぼれ続けていた。
逆に、さっきあれほどに泣いたのに、今はもう身体中の水分が吸い取られてしまったように、あたしは泣けない。
瞼が酷く、眩しさで熱いのに。その熱以外の温度は、あたしの中からなくなってしまったみたいだ。
代わりとばかりに脳裏を駆け巡るのは、ただひとつだけの言葉。
(――――こんなはずじゃ、なかったのにね)
そう、こんなはずじゃ。
絶対になかった。
ねえ、リアン。どこからあたしたちは間違っていたんだろう。
結花を、金の髪の子を、祐一という少年を、どうして死なせてしまったんだろう。
あなたとはぐれて、南さんを恐れたとき、初めて他人を疑ったときから、何もかもがおかしくなっていたのかな?
舞さんと佐祐理さん、あなたと綾香さんを助けられなかったのを知ったとき?
髪の長い女の人に襲われて、初めて目の前で結花が人を殺すのを見たとき?
それとも……けんたろが死んだんだって知ったときから、あたしは笑顔で不信をごまかすようになったのかな?
あたしたちには、次にするべきことがある。
生き残ること。祐一が残した言葉。意志。
とても簡単なように見えて、とても、むずかしい宿題。
誰も答えを出してはくれない。自分で必死に考えて、解くより他はない。
今でも、憎くないと言ったらそれは嘘になる。
結花は撃たれた。結花はもう笑わない。おいしいホットケーキを食べられない。
最後のあの店との繋がりを、なくしたくなかったのに。
それを壊した人間をめちゃめちゃにしたいと思う。
けれどそれは目の前で亡骸を抱える北川にしても、同じこと。
あたしを何度殺しても、足りないはずだ。
辺りに立ちこめる濃い血の匂いに包まれて、レミィを殺したあたしはただ立ちつくす。
祐一を殺した北川潤は、ただ涙を流し続ける。
人殺しのあたしたちには、祐一への答えを考えることしか許されない。
――――いつまで?
そう自嘲気味に自分に問い返した、刹那。
がさり。
はっきりと、草むらを踏み分ける音があたしたちの耳に届いた。
芹香が、悲しい瞳をして戻ってくる。
足取りは確かだけれど、唇がごめんなさい、と動いたように見えた。
何もできなくてごめんなさい、と。
そして芹香は、ゆっくりと二人の少年の元へと歩み寄る。
放心したような北川の両目の涙を指でつつっとぬぐって、懐から出したハンカチで更に拭き取る。
優しいしぐさで、何度も、何度も。
「…………」
そのたびに、芹香の口元が動く。
「…………」
また。
「…………」
もう一度。
涙が、完全に拭い去られた。目は真っ赤だけれど、もう頬を濡らす水はない。
それを確認して、芹香の手が移動する。
『ありがとう……あなたのこころ、受け取りました』
一切の澱みのない声で、凛とした表情で言って。
芹香は北川の腕の中の祐一に手を伸ばし、彼の頭をくしゃりとなでた。
くしゃり、くしゃりと、まるで母親が子供にするときのように。
もう動かない祐一を、ひたすらに撫でつづける。
その姿はまるで母親のように見えて、ひどくあたしの胸を刺した。
北川の眼からはまたひとすじ、涙がこぼれていた。