駆ける者達
G3A3アサルトライフル。その、無骨なデザイン。手に掛かる、確かな重み。
――それは、恐らく、確実に、目の前の"そいつ"を蜂の巣にする。……筈だ。
拮抗。静かな、対立。少年と、フランクは対峙したまま、動かない。
それを少し遠くから見る、往人の姿。貫かれた右肩は、まだ痛む。だが、それどころじゃない。
少年の後ろ。傷が伝える激痛に、もはや気絶しかねん少女の姿。
天沢郁未。
どうする?俺達は勘違いされたままだ。助けるのか……?
「居候!」
背後より、声。後ろには、少し遅れてやってきた晴子、観鈴。
「往人さん……」
「……お前ら」
口を開く。だが、そこから続けるより早く、晴子は、言い放つ。
「引くで、居候」
「なっ……あいつらはどうする気だ!?」
「………」
答えない。だが、目に宿るのは非情の光。それが答えか。
晴子の右腕は、切り裂かれている。――例え、あれが勘違いだとしても。彼女は郁未を許すまい。
左手は、観鈴の腕を掴んでいた。走り出さないように。決して離さぬように。
その効果はあった。観鈴は、郁未を見ている。だが――走り出す事は、出来ない。
「……っ」
左手に握られた、ベネリM3。ついさっき、晴子から取り返したばかりの銃。
握る手が、汗に滲む。くそっ。俺は、こんな時に……!
別にあの少年がどうなろうが知った事じゃない……いや。あいつは、もう、"助からない"。
それは予感。今にも消え失せんとする、その雰囲気。少年からは、それが僅かに感じ取れる。
だからこそ、あの少女だけは――。
――その時、不意に、左手が涼しくなった。風が、左手の熱を奪う。そこには何も無い。
振り向く――ベネリM3は、観鈴の手にあった。首を振る。行ってはいけない、と。
見捨てるのか?
だが、目に、顔に浮かぶ、悲痛な表情。それは、本当なら、助けに行きたいと。
だけどそれは、他の二人を死に追いやるかもしれない行為。救う為に、誰かを死なせる。そんなのは、嫌だ。
だから。
――往人の顔が、歪む。畜生。
気付けば、自分の身体が一歩前に出ていた。先にあるのは、一瞬即発の事態。
そこは確かに、死が在った。行けば、死ぬかもしれない。
恐い。当然だ。死にたいなどと思った事はない。
……だが。
………。
「おい」
後ろを見ず、呼び掛ける。晴子は、脂汗の浮かぶ顔を、往人の背中に向ける。
「観鈴を連れて、反対の方へ逃げてくれ。……後で追う」
「――居候!?」
「頼んだぞ」
そして、駆ける。観鈴が伸ばした手は、往人を捉える事は出来なかった。
動かぬ事態。変わらぬ対峙。依然として、"そいつ"は動かない。
もはや恐怖、絶望、そんな事にこだわっているレベルではない。"こいつ"は、獣だ。
撃ち落とし。引き裂いて。叩き潰す。それだけだ。死を持って、償わせてやる。
きりきりと、張り詰めた空気。何か、一つ、きっかけでもあれば弾け飛ぶだろう。
背後にへたり込んだ少女。服を、靴を、血に染めている。放っておけば死ぬだろうか……。
―――。
その時。不意に、何かが近付いてくる音。駆ける音。
叫び声。名を呼ぶ声。居候!往人!……往人?
あの銀髪の男か!
振り向く。G3A3の銃口が、向きを変え、銀髪の男を捉える。邪魔だ。撃ち落とせ。
だが、一瞬早く、影が回り込む。それは確かに、少年の姿!
しまった――!
「ぐおおおおおオォォォッ!」
ズガガガガガガガガガッ!
咆吼!続く銃声。放たれた弾丸が、"それ"を叩き落とさんと、空間を貫く。
当たったか?いや、当たる筈が無い。くそ!
だが、それは、一つだけ当たっている。舞い散る血の軌跡、少年は、腹を貫かれていた。よし。
それでも、その疾さは失われてはいない。――化け物め。
バックステップ。少年の姿が、森へ消える。逃がすか。
フランクは、再び森の中へ駆け込んだ。手負いの獣を、叩き落とす為に。
……その一瞬の戦いが、男の存在を忘れさせた。
一か八かの賭け。往人は、郁未に向かって、一直線に駆けた。
ライフルに撃ち抜かれる可能性は、無論、高かった。――だが、幸いにもそれは無い。
ならやる事は一つだ。
辿り着く。郁未は、睨み付けるような視線を往人に送る。
肩を貫かれ、足に穴を穿たれ。だがその眼光は、衰えていない。やれやれ、気丈過ぎるぞ。
「あんたっ――」
聞いてる場合か。少女を抱え上げる。幸い、軽い。左手一本で、何とかなった。
振り返り、駆ける。脇に抱えた少女が何やら叫ぶ。無視。
このまま行ければ、こいつだけは何とかなるかもしれない。
――無論、そんなわけが無い。
がさぁっ!
後ろから、何かが躍り出る。草葉を揺らし、飛び出す影。獣?違う!あの少年か!
あの野郎、追ってきてるってのかッ――!
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