脈動


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――ドックン――
(お前は人間じゃない)
(なんだ?)
 10分も走った頃だろうか。彰は何かが聞こえたような気がして立ち止まった。
 いや、聞こえたのではない。何かを『感じた』のだ。
――ドックン――
(人間があんな怪我の後にこんな元気でいられるか?
 お前のその賢いおつむなら分かるだろ)
 鼓膜の振動で聞こえる声ではない。
 まるで自分の内面から湧き出すような『何か』
(なんだ!? 誰だ!?)
――ドックン――
 自分の心臓の音がやけにはっきりと聞こえる。
(お前は人でなくなった)
(そうだ。なんで僕はこんなに元気なんだ?
 ちょっと前までは半死半生。気力で動いていたというのに…)
 彰は賢すぎた。それが彼の不幸。
――ドックン――
(お前は人でなくなったんだ。あの女のせいだ
 あの女は、今のお前と同じ気配がしただろ? 奴がお前を化け物にしたんだ)
(僕は元気になった。怪我も気にならない。横には初音ちゃんがいた…)
 寝ている間の出来事は分からない。推理するしかない。
 推理は彰の得意とするところ。
 見たくない『映像』ばかり浮かんでくる。

ガン!

 苛立ちを紛らわすために、そばにあった岩を殴りつけた。
 彰は驚愕する。
 岩が…。少しではあるがヒビが入っている。。
「なんだ…? なんだ!? これ!!」
 『人の操る人外の力』には結界は効果が高い。
 しかし『人でないものの操る人外の力』には結界の効果は薄い。
 彰は知らなかったが、耕一が自分の体験から立てた推測だった。
 そう。身体が化け物であり、そして心も化け物になってしまえば…。
 それはもう人ではなくなったということ。

 彰を一人にできた。
 彼にとってこれは幸運。
 促したのは彼自身だが、こうまでうまく行くとは考えてなかった。
 出番はもっと後だと思っていた。
 男どもが消耗した後。その後の方が安心してヤれる。
 しかし機会を前に黙っていられるほど、彼は気長ではなかった。
(初音はウラギリモノだ)
「黙れ!!」
 彰が『何か』に向かって叫ぶ。
(お前にも見えただろう? お前の賢いおつむがはじきだした『映像』が)
 いけしゃあしゃあと言う。それを想像するように促したのは彼だ。
「黙れ! 黙れ黙れ黙れ黙れ黙れぇぇぇ!!」
 叫び、地面を殴る。
(わかったわかった。俺はお前だ。お前が望むのなら黙るさ)
「くそ!くそ!くそ!!」
 辺りのものに苛立ちをぶつける。その結果による破壊。
 それは、少なくとも彰のような一般人のつくれる跡ではない。
(まぁ落ち着けよ。でもお前も思うだろ? 自分以外の男は邪魔だと)
ガン!!
 今までで最大級の衝撃を樹木にみまう。
 『何か』が沈黙する。
(落ち着くんだ彰! 冷静に、冷静に。そう落ち着け。
 落ち着いて冷静さを取り戻すことこそが…)
 自分の呼吸を整える。
 そして歩き出した。
 ゆっくりと。
 初音達の元へ「時間をかけて」戻るために。
(祐介達はどうしたんだっけ…? えっと、そう…。残念ながら会えなかったんだよな)
 必死になって探し回った『映像』が『思い出され』る。
 なぜか彰の頭から『奴』の存在はすっぽりと抜け落ちていた。
(大きな改竄は力を使いすぎる…な…)


【七瀬彰 ゆっくりと初音達の元へ引き返す。祐介達を探し回った『つもり』になっている】
【『奴』 直接操る計画は失敗。大量に力を使って彰の頭から自分の存在を消す。力を蓄えるために沈黙】

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