施設最終戦〜最深部へ〜


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ピリリリリリリ……
けたたましく鳴り響く電子音。
おそらくは、彼が聞く最後の電子音。
もはや端末をいじることもなくなった男が、その音に顔をあげる。
「そういえばもうすぐ放送ですな…」
気だるい口調の声が漏れる。
恐らく通話口の向こうの相手は、源之助か源三郎か…だが、今の彼にはどちらでもいいことだった。
カチャ…
備え付けられた受話器を軽く、そしてわずかに持ち上げる。
ガチャンッ……!!
そして、勢いよく叩きつけた。
鳴り響いていた電子音の余韻が頭の中でリフレインする。
「もはや、これまでかもしれないな…」
暗く、淀んだ感情をその顔に宿らせながら、もう一度モニターを見つめた。
もはや虱潰しに御堂達を探す必要など無い。
マザーコンピューターへと続く地下三階の通路だけはすべてに常時モニターがついている。
そこに、三人の影。…余計な動物が見えた気がしたが、あまり気にしなかった。
「さて…と」
ここで待てば、敗北は必至。かといって、迎撃に出たとしても、負けは濃厚だった。
ならば、せめて自分のやりたいように行動しよう。
軽く、首を振って、ゆっくりと席を立つ。

一度だけ名残惜しげにコンピューター室を見て。
玩具のような銀色の銃と、リボルバー拳銃、そして一枚のCDを懐に、部屋の扉をくぐる。
切り札のある場所で、詰問者を待つために。
その誰もいなくなった部屋に、電子音が響き渡ることはもうなかった。

ヒタヒタ――倉庫を出て、しばらく。一行は地下三階の最深部へと進む。
あとは、千鶴達と待ち合わせている場所へほぼ一直線、だ。
既に、身を隠して進めるような通風口なんかない。
「…誰もいない」
「…だな」
御堂は、詠美の不安そうな呟きに素直に賛同してやる。彼女の言葉に皮肉の一つも無く頷くのは割と珍しい構図だった。


通常の人間と比べれば屈強な兵士、HM-13に護られていた倉庫。
その倉庫から武器を予定通り入手すると、一行は先へと進んでいた。
入手した武器は7つ。
まずは手榴弾を幾つか。
御堂の持つ銃と同型のデザートイーグルを一丁、さらにその予備マガジンを幾つか。
詠美、繭にはそれぞれ素人でも狙いがつけ易い機関銃。
――素人が扱うにはいささか重量がある武器かもしれないが、狙いをつけて撃つハンドガンよりは
  マシだろう、という御堂の判断だった。少なくとも御堂と行動を共にする内はそれで充分だ。
『本当はレーザーサイト付きの銃があれば一番なんだけどね』
その時、澄ました顔で恐ろしいことをサラリと言ってのけた繭に、若干ながら戦慄を覚えたのもつい先程。
(こいつが戦闘訓練を受けていれば、心強い戦友になれたかもしれねぇな…)
同様に、千鶴達の分の武器もデイバックの中に詰め込んである。


「…これで本当にこの先が施設内で最も重要な場所…ということみたいね」
見た目とは裏腹に、極めて理性的な赤毛の少女、繭がそう切り出した。
「そうだな。…何故そう思ったんだぁ?」
御堂も繭と同意見だった。ただ、その結論に行き着くまでの思考は違うかもしれない。
先の見取り図を覚えていれば、そこがマザーコンピューター室だということが確実に分かる。
構造を考えても、恐らくはそこが最重要の拠点だとは推測はできる。
ただ、本当にその部屋が最重要かどうかは、行ってみなければ分からないことだからだ。
声を潜めながら、あえてその真意を聞いてみる。

「そうね……まず、この三角形型の場所がほとんど一本道だからよ。
 ここに到るまでの道が広くないながらも比較的迷いやすいように造られていたのに、急に簡潔な通路になった理由。
 単純な構造である方がその拠点に行き着くのが簡単なのは当たり前ね。
 でも、裏を返せば、必ずその道を通らなきゃならないってこと。
 敵が侵入した時、その方が迎撃しやすいって所かしら?」
同じように、声を潜めて返す。
「ふん、…ガキのくせに頭が回るな」
その回転の早さは、今この施設内で別行動しているもう一組のグループのリーダー格、千鶴より上かもしれない。
「ふみゅ〜ん…よく分かんないけど…千鶴さん達もここを通ったってこと?」
一人だけ、声がでかかった。しかも、見取り図はもう覚えてないらしい。
「それはないわね。千鶴さん達のルートは別の道を…確かあっちの方から別の渡り廊下が伸びてて、そこから来るはずよ。
 当然向こうも途中から一本道になってたわね。目的地で道が合流することになると思うわ。
 仮に千鶴さん達が道に迷って、ここを通ることになったとしても、まだ辿り着かないわね。
 方角、距離、私達の通ってきたルートから考えれば、私達より早くここを通ることはありえない。
 確実に私達の方が先に目的地に着くでしょうね」
「?……??……???」
「…まあ、それはこの先何事も起こらなければ…の話だけど」
若干溜息をつきながら、繭がそう締めくくった。

そして、繭の予想通り、何事もなく進めるはずはなく…

「ぴこっ…」
地面に近い位置にいる動物達と、そして御堂がほぼ同時に気づいた。
「いるな…この先に」
三角形型に配置された通路、その廊下の曲がり角の先を見据えた。
その曲がり角の先の道は、外周部分と、中央のマザーコンピューター室へと続く通路の二つが広がっている。
御堂の耳は、すでにその先に存在する人の気配を捉えている。
その人物は、中央へと続く通路の真ん中にいる――

そこで待ち合わせていたはずの千鶴達は、まだいない。
だが、彼女達でない何者かの存在感。
それは、詠美と繭にとって圧倒的な恐怖。
(ゴクリ…)
閉鎖された地下空間の中、詠美の生唾を飲み込む音がやけに大きく響いた。
御堂を先頭に、ゆっくりと歩みを進めた。



(武器は構えてろ…)
曲がり角、その先の壁に映る長き人の影。
千鶴達と約束した場所へと続く最後の道に立ちはだかる男の影。
薄暗い電灯が造りだしたそのシルエットは、確かにいつか見た影。
「はじめまして…とは二人には言えませんか…お久しぶり…ですね」
「長瀬…源五郎か…おめぇにはもう一度会いたかったぜぇ…」
お互いの姿が見えぬ内から、そう交わした。

「あなたには…やられましたよ。あなたは…たとえ結界内でも恐ろしい人物でしたね。
 でも、驚きですよ。あなたの通った道が…ね」
「……」
武器を手に、御堂が歩を進める。

「御堂、あなたは並みいる参加者をその手で殺し…蹂躙し、そして生き残る男だと思ってましたよ。
 あなたの経歴と、性格を見る限りではね」
「…そりゃ光栄だな。俺様がやられるとは思わなかったのかい?」
「さあ。どんな人間にもイレギュラーは付き物だからね。死ぬときは死ぬ。あなたとて例外ではない。
 最後に生き残るのは誰か…なんて誰にも分からないことですよ」

「初めて会ったときから…正直意外だったんですよ。あなたが一番こちら側に近い人間だと思ってました」
「……」
「前にも聞きましたが…もう一度答えてくれませんか?
 …あなたは躊躇なく人を殺せたはず。殺人という行為自体を楽しむことができた。
 一人生き残る自信すらあったんじゃないですか?
 今のあなた…やっぱりらしくないんじゃないですか?」
「ふん…」
一度、今の会話を聞いていた詠美と繭の表情を目の端で確認する。

――軍部はあなたを必要としなかった…でも今はあなたを必要としてくれる人がいるじゃない――

いつか聞いた台詞が頭をよぎる。
「源五郎さんよぉ…おめぇ、勘違いしてねぇか?軍人として軍部に従っていた俺が言うのもなんだがよ…」
一度、言葉をとぎる。――その間、源五郎からのレスポンスはなかった。
「俺は、指図されるのが一番嫌ぇなんだよ。
 自分の好きなことだけ考えて、自分の好きなように行動して、自分の好きなように生きる。
 ――それが俺だ」
「踊らされるのは嫌というわけですか」
「ふん、踊ってるのはおめぇじゃねぇのか?」
「……」

源五郎との距離が徐々に縮まっていく。
通路の向こうに、よれた白衣が見え隠れする。
(おめぇらはここにいろ…俺は源五郎とちょっくらやってみてぇ…邪魔にならないようここにいな…)
詠美達を再度手で制しながら、立ち止まる。
興味を持った相手とは一人でやってみたい。千鶴にも止められはしたが、御堂の悪い癖だった。
結局、その衝動は押さえきれなかった。
「御堂、あなたは…いや、お前は今は何の為に動いている?」
最後の問い。
「とりあえずは、だな、気にくわねぇ奴をぶっ倒すってところか?」
「シンプルでいいな、御堂…」
通路の向こう、長瀬源五郎の苦々しく笑う表情が見えた。

この男はたった一人で、御堂達6人を相手するつもりだったのだろうか。
源五郎の実力を測りかねるように、値踏みしながら御堂は言った。
「今度は物騒な護衛がいねぇんだな…死ににきたのか?」
カチリ…
デザートイーグルを源五郎の左胸へと向ける。
距離は約10メートル。御堂にとっては絶対にはずさない距離。
「戦闘型HMの片割れはもう破壊されましたよ。坂神をはじめとする参加者達にね。
 こんなことならこの施設すべての通路に機関銃でも設置しておくべきだった。
 まあ、後の祭り…だけどね」
「本当におめぇ、坂神と互角に戦ったっていうあの男の息子か?いやに弱っちぃじゃねぇか…」
覇気のない源五郎の声。その期待はずれの答えに、御堂が顔をしかめる。
「そりゃあねぇ…肉弾戦なんてできませんよ。科学の虫でしたから」
軽く首を竦める。その仕草がひどく小さく見えた。
「このゲーム、最初からお前に手出ししなければ良かったよ。
 HMを差し向けたときから、こうなる運命だったのかもしれない。
 だけどね…もう私も後には引けないんだよ。引く気もない。後が、ないからね」
スッ…と源五郎の手が白衣の懐にのばされた。
同時に、御堂が一度銃の照準をはずす。
「抜きな、どっちが早いか…ってヤツだぜぇ…」
「……」
一瞬の静寂が訪れる。
ちょうど、源五郎から死角になっている位置から御堂を見ていたにも関わらず、
その緊張の瞬間に、二人の少女の喉がはっきりと動いた。


「………―――死ね!御堂!!」
「前にも言ったよな?おめぇを殺るのに躊躇はしねぇってな」

ドンドンドン!!

御堂の銃が三度、火を吹いた。
源五郎が懐から手を出す間もなく、心臓を正確に貫いた――はずだった。

ピッ――

衝撃で体をくの字に折らせながらも、源五郎の懐から赤い光が飛んだ。

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