残悔
目の前が涙でふやけて、何も見えなくなっていたよ。
だけど、手に伝わる反動と、あの赤い色は、忘れないよ。
『殺したのは、わたしよ』
…ううん、ちがうよ。
わかってるよ。
腹立たしかったんだ。
何も出来ない、ボクの弱さが。
怖かったんだ。
大切な人を、失うことが。
悲しかったんだ。
引き金を絞って、失った何かが。
だから、ボクは泣いていたよ。
悲しいだけじゃない、怖いだけじゃない、腹立たしいだけじゃない。
説明なんか、出来ないよ。
だから、どうしていいのか解らなくて。
ただ、千鶴さんにすがって、泣いていたよ。
どれだけの間、そうしていたのか解らないけれど。
涙が枯れて、ガチガチだった腕の力がやっと抜けたころ、千鶴さんがボクの
腕をゆっくりほどいて、言ったんだ。
「行きましょう。
御堂さんが、待っているわ」
そうだ。
おじさんは短気だから。
遅れたら、ボク達怒られちゃうよね。
「あゆ、きっとまた怒鳴られちまうぞ?
チビ!あれだけウダウダぬかして、俺様を待たせるたあ、どういう事だ!
…ってさ?」
梓さんも、同じことを考えていた。
そうだよね。
急がないと。
怒られちゃうよねっ。
…嬉しいよ。
みんなでまた笑えるなら。
ボクが失った何かなんて、大したことじゃないよ。
「えへへっ」
また涙が溢れてきたけど。
ボク、がんばれるよ。
おじさん、ちょっと待っててね?
いったん止まったあゆの涙は、尽きる事を諦めないかのように、ぽろぽろと溢れていた。
それと同時に、既に無い扉の替わりを引き受けるかのように、二つの人影が立っていた。
影は、二度と戻らぬ二つのものが失われた、この戦場を無機質な光をたたえて睥睨する。
「…長瀬源三郎、治療不可能ニヨリ、通常業務ニ戻リマス」
泣いているあゆをよそに、医務室の中から無表情なままHMが出てきていた。
あたし達は、その出現に身構えたけど。
本当に何もしないで、彼女達は上へと向かった。
要するにあたし達は、命令の外にあるから無視された…と言うわけだ。
ロボットの行動理由なんて、単純なもんだよな。
それに比べて、あゆの涙には、複雑な感情が入り混じっているのだろう…って事は解る。
人間は、やっぱり難しいよね。
でも、おっちゃんが待っているのは確かな事だ。
今は進まなきゃならないよ。
だからさ。
涙は、おあずけだよ。
あゆの頭をくしゃくしゃと撫でて、みんなで頷く。
あたし達は、ようやく階段を上がる。
残るは執事さんの息子、源五郎だけだ。
執事さんのことを話せば、ひょっとしたら協力してくれるかもしれない。
あたしは-----そんな甘い事さえ、考えていたよ。
…ドンドンドン……
そう、この銃声を聞くまでは。
さっきよりも遠い、微かな銃声を聞くまでは。
うん、転がるように、三人で走ったね。
HMのボンクラ達を突き飛ばして、息を切らせて駆け上がった。
実際、ほんとに長い階段だったけれど。
こんなに長い階段なんて、この世にあって良いわけ、ないじゃないか。
…ごめんな、おっちゃん。
【チヅアズアユ、地下三階へ向け階段を移動】
【御堂、源五郎と戦闘中】