樹上の男


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潮騒。
そして、蝉時雨。

「暑ぃ…」
俺は、タクラマカン砂漠の追放者の如く、飢えと乾きに苦しんでいた。
堤防の上で、乏しく温い夏の風に嬲られながら、俺は劇的に生き倒れている。

 薄く包み込むような波の音が、頭蓋骨を攻め立てる蝉の声に締め出されていく。

「暑ぃ…」
こんな日は、冷たい飲み物が何より嬉しい。
晴子が、俺に説教くれながら抱きしめる一升瓶の中身。
いや…ああいう生暖かさは、遠慮したい。

そう思うやいなや、右手に清涼感が伝わる。
「おっ、気が利くな」
観鈴か?と思いながら、掴んだ腕を目の前に持ってくる。

 ”どろり濃厚”

「……(ぽい)」
捨てる。
ざけんなよ、って感じだよな。


そのまま太陽を凝視する。
叩きつける日差しの強さに、朦朧としながら、なぜか肩に痛みを感じる。
暑さは、肩から伝わってるような気がした。
これ以上ないくらいの明るさに、瞳孔が収縮し視界が眩む。

 そのとき、俺は見た。
 光を纏った、羽の生えた女が飛んでいる。
 その光量は太陽をはるかに越えていた。
 あまりの眩しさに、周囲が闇のように思えてくる。

 真夜中の月のように。
 すべての星を従えて。
 女は、笑った。
 美しくもおぞましい、寒気のするような、笑いだった。

 俺は一人震えて、彼女が西の空へ消えて行くのを見つめていた。
 それだけが、俺にできる全てだった。


気がつけば、光に焼かれたかのように蝉時雨が消えている。
入れ替わりにざあざあと、耳障りな騒音が周囲を埋め尽くす。
終わることなく、ざあざあと。

右手に、雫が落ちて規則的に俺を叩いていた。
目を開けてもろくな事にはならない、そう思って長らく耐えていたが、限界はある。

「……うおっ!?」
俺は、草原の中で僅かに群生する、巨大な木の枝の上で寝転んでいた。
高さを利して周囲を見渡すが…俺はこの世界で孤独だった。

 雨が降っている。
 雷が鳴っている。
 世界は姿を変えて、俺を迎えていた。

「観鈴!晴子!?」

 観鈴はいない。
 晴子もいない。
 さっきまで抱えていた、あの女さえいなかった。


「…くそっ」
枝を叩く。
震動で枝葉の纏っていた水滴が零れ落ちる。
続けて、不平を漏らす声。

まるで気がつかなかったが、人がいたようだ。
雨宿りをしながら、山のように詰まれた荷物を分配している。

「ちょっとあんた」
「いい加減にしなさいよね」
呼吸のように自然と湧き出る文句。

真下に、三人。
若いのに、既に晴子のような横柄さを見せる女が二人。
日本刀でのダブル突っ込みは強力そうで、あまり相手にしたくないタイプだ。

そして目を丸くした男が一人。
…なんだ、その熱い視線は?
俺はお前なんか知らない。
知らないぞ。
断じて、知らない。

頑なに拒む俺を無視して、そいつは言った。
「あんた…国崎往人、か?」



目の前に、小山が出来ておりました。
我ながら感心するほどの荷物を、私北川の慈悲の光のもと、婦女子に分け与えております。
間違っても搾り取られているなどとは、私の健康と幸せのために申しませんですハイ。

それでもどうにか、CDとM19マグナム、そしてレーダーだけは死守しておりまして。
携帯やハサミ、怪しい薬に水鉄砲、使えない弾、晴香様にお似合いのメリケンなどは、傍らに
掘った小穴に惜しげもなく廃棄されていきます。

「呆れたもんね…アンタ、物欲の塊だわ」
ダイナマイトも捨ててしまいました。
火種がないので構いませんが。

「物を捨てられない人って、本当にいるのね」
あなた方は捨てすぎだと思います。
…特に女らしさって奴を。

「「うるさいわね!」」
ガスッ!ガスッ!

…婦女子は各々、刀を勝手に交換し手榴弾を強奪、いえ、お受け取りになって口々に感謝の
言葉を下されました。男冥利に尽きるというものですハイ。
そして余ったクマさんと電動釘打ち器、そして大きなナイフを再度鞄に収めようとした時に、
アンビリバボーな事件はおこったのです。

 ”空から女の子が降ってきた”

いかがでしょうか?ちょっとラッキーなイベントでしょう?
もちろん、体重100kgのジャイアンみたいな婦女子だったら、辞退させて頂きますけれども。
あのイベントは、今では私の心の傷ではありますが、忘れ得ぬ、夢のようなひとときでありました。

…ところが今回は違いますね。

 ”頭上から野郎が水滴をぼたぼた”

いかがでしょうか?これ以上ないくらい萎えるイベントでしょう?
これが小便だったら、某婦女子二名の性格から言って、血の雨が降っていたでしょう。

そう、私北川は、野獣のような精悍な婦女子に左右を囲まれつつ、野郎の聖水、いや水滴
をこの身に受けたと言うわけなのです。
「熊とか野獣とか、動物ネタから離れなさいよ!」
「聖水って下ネタやめなさいよ!」
ガスッ!ガスッ!


過剰な親愛のゼスチャーに唖然とする樹上の男。
彼に、この境遇を分かち合う覚悟があるかどうか、聞いてみる必要があると思います。
「国崎さん、とりあえず降りてこないか?」
「ゆっくり、ね」
お二人様は相変わらず、お手が早くていらっしゃいまして、既に刀を抜いております。

わかっている、と冷静に答えて国崎さんは降りてきました。
腕に怪我をしているのか、必要以上にゆっくりでしたが。
婦女子二人が彼の行動を見張っている間、私北川はちらりとレーダーを見てみたのです。

…光の点は、いつの間にか四つになっておりました。
神様、この怪しい男を、探していた二人の元へ導く事は、罪になるでしょうか?


【北川 CD1/4、2/4、無印CD、志保ちゃんレーダー、M19マグナム所持】
【晴香 刀を交換(古いものは捨て)、ワルサーP38所持】
【七瀬 毒刀、手榴弾三個、レーザーポインター、瑞佳のリボン所持】
【国崎往人 三人の雨宿りしている木の上に転移。神奈の幻を見る】

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