活きているモノ
長い長い階段を抜け、私たちはやっとたどり着いた。約束の地点へ。
そこに居たモノは。
「おじさんっ!」
あゆちゃんが駆け出す。その先に居たモノは。
「おじさんっ!おじさんっ!」
「バカ、あゆ、走るな!」
梓が駆け出すあゆちゃんを止めようとする。彼が殺られていたとしたら…危険に
わざわざ飛び込むようなことは避けねばならない。
全身の感覚を集中させてみる。「敵」らしき気配はなかったが、迂闊な行為は
自分だけではない、全員の危険に継る。
しかし、停める間もなくあゆちゃんは「彼」に辿り着いてしまった。
そこには。
彼を抱き抱え、血だらけの、ぐしゃぐしゃの顔で、戸惑う詠美。
人格が変わったかのようにみゅーみゅー泣きわめく繭。
無惨に脳天を撃ち抜かれた、白衣の男。
そして、明らかに多すぎる血溜りの中で物言わぬ御堂。
そして。
私が追いついたそこには。
「おじ…さん…嘘…だよ…ね…」
呆然と立ち尽くす、あゆの姿があった。
「おじさん!おじさん!おじさんっ!」
「みゅー!みゅー!みゅーーー!」
「ちょっちょっと!あんたたち重い!重いってば!」
あゆ、繭、詠美が御堂の遺体を取り囲み。
そして、啼いていた。
みんな、血と、涙で、ぼろぼろ、だった。
「はは、おっさん、モテモテじゃんか…」
思わず、そんなことしか呟けなかった。
おそらくは相撃ち。
このガキどもを守るために、おっさんとブレーメンの毛玉犬は、犠牲になったんだろう。
おそらく、すべては終わってしまったんだ。---あたしたちが辿り着く前に。
妙に醒めた目で見れる私は、もう慣れてしまったんだろうか。
狂った現実に。
「おじさん!おじさん!目を覚まして!死んじゃやだようっ!」
「やめな、あゆ!おっさんは、もう…」
「そんなの、嘘だよ!だって、約束したもん!ここで逢おうって!おじさんと!」
あゆがあたしに食ってかかる。
でも、今更、あたしたちに何ができるっての?
「あゆ!今は敵地の中なんだ。ここで騒いで狙い撃ちになって、おっさんが
喜ぶとでも思うか?」
「でもでも、おじさんのからだ、まだこんなに熱いいんだもん。
一生懸命手当てすれば、おじさんまた元気になれるよ。
またボク、一緒にいられるよ!もう誰も死なせたくないよ!」
それを聞くや、千鶴姉が驚いたようにあゆに問いかけた。
「…ねえ、あゆちゃん、『熱い』って、なぜ…?」
千鶴姉が、おっさんの死体に、手を近づけた。
「彼」…御堂の死因は、どう見ても明らかだった。
失血死。
致命傷と呼ぶほどの深い傷はない。大量の血液を失い、それでも敵を屠ろうとしたゆえの
失血死だろう。
明らかに血を流しすぎた御堂に、体温と言えるものが、もう、残っているはずはなかった。
そう。「鬼」ではない、人間の御堂に…
私は、御堂の冷たい腕に触れてみた。
脈拍、なし。
頸動脈にも触れてみる。
すでに体温と呼べるものはなく。
明らかに、御堂は息絶えていた。
そして、あゆの血だらけの手を退け、御堂の躯に触れてみた。
なに、これは。
明らかに、体温以上の、なにかの「熱」がある。
ヒトならぬ「鬼」である千鶴には、わからなかった。いや感じられなかった。
丁度御堂がその生命の終焉を迎えたとき、わずかの間、ヒトの力を制限する『封印』が
外れたことを。
「不可視の力」すら抑る、結界がわずかの時間、解かれていたことを。
封じられた仙命樹の力が一瞬、一気に吹き出し、死んだ御堂の中で一瞬、息を吹き返した。
御堂は確かに死んだ。しかし、その中でなにかが「活き」ていた。
なにかは急激に、御堂の躯を再生した。
御堂の血液は出し尽くされたのではなく、出血が止まっていた。
増血とともに、停止した心臓もいずれ鼓動を始めるのだろう。
しかし、その「なにか」の力も急激に衰えつつあった。
このままでは、本当に危険な状態になる。---生き返ることなど、できない。
人として手を尽くさねば、この「活きているモノ」の力は発現せぬまま尽きてしまうだろう。
御堂とともに。
「…そうね、あゆちゃん。すぐ手当てしないと、御堂さんは助からないわ。
手伝ってくれる?」
「うん!千鶴さんっ!」
「お、おい。千鶴姉、正気?」
「梓、あなたも『鬼』なら、知っているでしょう?
世界には、尋常ではない生命力が、ごくわずかだけれど、存在している。
御堂のなかには、『なにか』が『活きている』。もしかすればだけど、
何時間かかるかはわからないけれど、大丈夫かもしれない…」
「何か、だって…?」
「私とあゆちゃんは、医務室へ行くわ。…闘いは、多分、終わっているから…。
それじゃ梓、ここはお願いね」
「え、お願いって?」
そこに残されたのは、
あたし。
詠美。
みゅーみゅー泣く娘。
ブレーメンの音楽隊(マイナス1)。
長瀬のおっさんの、死体。
もしかして、ババ引いた?
【千鶴&あゆ 医務室へ】
【御堂 復活?それとも…】
【長瀬源五郎&ポテト 死亡】
【梓&詠美&繭&ぴろ&そら
これからどんどこしょ?】