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嵐、そして太陽


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「もう一度、落ち着いてゆっくり言ってくれ」
「何度でも言ったげるわ。鹿沼さんが、あれだけひどいケガして寝込んでた鹿沼葉子さんが、いないの」
 マナが息せき切って飛び込んできてそう告げると、耕一の眉がピクリと動き、初音の表情がみるみる不安そうなそれに変わった。
 が、今にも外に走り出してしまいそうな勢いのマナに、耕一は比較的のんきな口調で言った。
「手洗いとかじゃないのか?」
「ん……そ、そうかもね。ちょっと確かめてくるわ」
 パタパタとマナの姿が廊下に消えると、耕一は初音にちょっと待っててね、と言い残して同じくドアから出て行った。
 ――程なくマナが帰ってきた時、耕一は既に居間に戻っていた。それこそ苦虫を噛み潰したような顔をして。
「ダメ、全部の部屋探してみたけどいなかった」
「出てったよ、葉子さんは」
「……はぁ?」
「彼女の部屋の窓からだ」
 耕一はマナが一階を探し回っている間に二階の葉子の部屋を調べに行ったのだった。
 マナは葉子の姿がないことに動転して気がつかなかったのだろうが、少し注意して見れば部屋にもともとあったカーテンがないのがわかっただろう。
 そして、そのカーテンが細く裂かれ、それぞれ固く結ばれて、固定された窓の縁から外に向けて垂れ下がっていたことにも。
「そんな……なんだってそんなことする必要があるの!?」
「気づかれたくなかったんだろ、俺たちに」
「どうして!?」
「そんなこと俺に聞かれたって困るよ。……取りあえずちょっと落ち着け」
 耕一にたしなめられ、マナは予想外の出来事に自分の頭が完全にヒートアップしてしまっていることをようやく認識した。
(この島でいろんなことがあって……ちょっとは成長したと思ってたんだけど、いざとなるとからっきしダメね)
 こんな時だからこそ、いつでも冷静な思考を失わないことが大切なのだ。自分が苦手なことだけに、強くそう思う。
 そして、見た目によらず――と言っては失礼にあたるが――耕一を少しだけ頼もしく思った。もちろん死んでも口には出さないが。

「でも……鹿沼さんケガひどいんだし、わざわざそんな無茶してまで……」
「実際キツかったんだろうな、窓の下に人が倒れたような跡があった。……伝って降りる途中で落ちたんだろ」
「鹿沼さんっ……!」
 そんなことを上でやっていたのなら――あまつさえ、ある程度の高さから落ちたりもしていたのだ、相応の物音もしていただろう――どうして自分は気づけなかったのか?
 気づけていたら、あの状態の葉子をそのまま外に出すようなことはせず、何らかの相談はできたのではないか。そう、私たちは仲間、なのだから。
 だが、その時、今もだが、外では凄まじい雷雨が降り続いており、その音で聞こえなかったとしても何の不思議もない。――忌々しい雨!
「……探しに行くわ」
 マナはすっくと立ち上がった。
「こんな雨の中で鹿沼さんを一人で歩かせておけないもの。どんな事情があるにせよ、すぐにぶっ倒れちまうわ」
「一人で行くつもりだってんなら――」
「ストップ。私は一人で行く」
 ピッと手で制して言いかけた言葉を遮ると、耕一は渋い表情で言った。
「意地張ってカッコつけてるとマナちゃんから死んじまうよ? せめて俺が……」
「あの娘はどうするのよ」
 マナはチラリと一瞬、初音に視線を向けた。

「どうしたって今のところ外よりはここの方が安全よ。あなたもわざわざ初音ちゃんを危険に晒したいわけじゃないんでしょ?」
「そりゃ、そうだ、けど……」
「で、あの娘がここにいるのなら当然あなたもここにいるわよね。一人にしとくわけにもいかないでしょうから」
「な、なら、俺が葉子さんを……」
「あなたが戻ってきた時、私と――私はこの際どうでもいいわ、初音ちゃんが誰かに襲われて殺されてたとしたら、どう?
 どう考えても、あの娘が一番安全なのは私が一人で行くことだと思うんだけど」
「……優しいんだよな、マナちゃんは」
 耕一は歯噛みして、ほとんど泣きそうな表情で吐き捨てるように言った。
「だけど、凄ぇヤな奴だ……」
 耕一の目の前に立つこの小柄な少女は、耕一にとって――例えば二人が崖から今にも落ちそうになっていた時、咄嗟にどちらに手を伸ばすか、というような意味で――自分よりも初音の方が大切な存在だということを知っている。
 その上で、自分の身を敢えて危険に晒すような提案を耕一に呑ませようとしている。耕一が答えにくいのを、そして受け容れざるを得ないのを知って。
「ありがと。全然誉められてる気しないけど、せっかくだからお礼言っとく」
 そうして部屋の隅の、小さくまとめてあった自分の荷物を取ると、顔のあたりでひらひらと手を振った。
「そんな葬式みたいな顔しないでよ。葉子さん連れて、さっさと戻ってくるからそれまで二人とも無事でいるのよ。……じゃ、ね」
 そう言い残して、居間を横切り、窓の側を抜けて玄関に出て行こうとした時だった。
 それまでずっと黙りこくっていた初音が、マナの服の袖を掴んだ。
「……伸びるから離して欲しいんだけど」
「私も一緒に行く」

 マナは初音に向き直ると、その目をキッと見据えて言った。
「あのね、私に気を遣って言ってるんなら止めてちょうだい。……困るわ」
「ううん、そうじゃないの、あのね……」
 初音は小さく首を横に振ると、ややためらいがちに言葉を続いた。
「……彰お兄ちゃんが」
「七瀬さん?」
「うん。……なんだか胸騒ぎがするの。彰お兄ちゃんが、呼んでる……ううん、ちょっと違う。なんて言えばいいのかな……」
 ――そう、泣いてる。泣いてるの。そんな感じがしたの。
 本当はそう繋げたかったのだが、やめた。なんとなく、彰みたいないい大人に泣いてる、なんて言葉を使うのが失礼に思えたからだ。
「……それは鬼の血がそう言ってる……みたいな感じなのかな」
 耕一が、腕を組んでぼそっと呟いた。
「そう……かも、しれない。でも、違う気もする……単に、何の根拠もないんだけど、ただ胸騒ぎがする、みたいな……」
「胸騒ぎ、ね」
 初音はマナの両手を取ると、自分の胸の前あたりまで持ってきた。今度は初音が見つめる番だった。
「だから、多分私は彰お兄ちゃんのところに行かなきゃいけないの。葉子さんを見つけるついででもいい。
 ただ……もしかしたら逢えるかもしれない、って、それだけでいいから……お願い、連れてって」
 マナは量りあぐねていた。初音の言っていることが本当なのか。
 それとも、自分一人危険な目に遭わせないための方便なのか。
 これまで接した短い時間の中でも、初音が優しい子だということは充分マナにもわかっていた。
 だからこそ、初音の言葉の真意が掴めないでいるのだった。
 ――しかし。

「わかった。俺も初音ちゃんも一緒に行く。決まりだ」
「ちょ、そんな、いきなりなんで……」
 初音との付き合いの長さで言えば、耕一はマナの比ではない。
 だから、耕一には初音の優しさがどの程度のものであるかがマナよりも遥かによくわかっていた。
 少なくとも耕一の知る限り、初音はこの状況で気休めのウソをつくような子ではなかった。
「鬼の血ってんならちょっと怪しいんだ。この島ではなんか妙な結界が張られてて、鬼の力とかも薄れてるらしいからな。
 ただ、どんな結界にだって阻めない能力ってもんがある。それが――女の子のカン、特に恋する乙女ならなおさらだ」
 初音の顔がポッと見る間に赤くなる。耕一がニヤッと笑った。
「だから、初音ちゃんの言葉は信用に足る。つまり、初音ちゃんには外に出かける理由がある。
 となれば――頼りにならないこともなさそうなナイト気取りの犬ころが一匹、ついて行っても悪いこたないだろ」
「まったく……」
 肩を震わせて、必死に笑いを抑え込んでいたマナだったが、とうとう堪え切れなくなり、アハハと笑い出した。
「イヤんなっちゃうくらい……いい人たちなんだから」
「見りゃわかるだろ、初音ちゃんのこの天使のような顔に、俺のポルトガル人宣教師のような顔。慈愛に満ちてて、いかにも善人って感じだろ?」
「ぷっ……バカ言ってないの。それじゃ……本当に一緒に行くの?」
「おう!」
 耕一が高々と右手を突き上げた時、サッと窓から一筋の陽光が刺し込んできた。
 その筋はみるみるうちに太くなり、やがて眩しく輝く太陽と青空が覗いた。雨が止んだのだ。
 幸先いいな、とマナは思った。そして――
 雨に錆び付いていた物語の歯車は、ゆっくりと回り始めた。


【マナ・耕一・初音、晴天の島を探索】
【三人が出発したのと彰と葉子がエンカウントしたのがほぼ同時】

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