それぞれの勇み足
くくく……。
こんなチャンスはもう二度とないかもしれぬ。
たった一人の雌。
彰の心に力を送る。刺激するのは性欲。
「象徴の」――雨は止んだ。代わりに彰の心には『無』が広がる。
決して雨が止んだからといって、晴れるとは限らないのだ。
記憶改竄なんぞでちまちまやっている必要は無い。ここが力の使い時だ……。
残りの力のほとんどを使った。
一度目の失敗の反省を糧としない、本能剥き出しの鬼がここにいる。
そして眠りについた。起きたときには状況が好転していることを信じて。
――これは心の鬼の勇み足――
意志無き表情の彰が一歩を踏み出した。
その時。
カッッッッッ!!!!!!
天空で光が爆ぜた。
ほんの一瞬。他のことに気を取られていれば気づかないほどの一瞬。
「うわっっ!!」
だが確かな閃光が島を包んだ。
「なんだ!?」
彰は空に視線を移す。
同時に『意志ある声』を発した。
雲が吹き飛び、空が一面青に塗り変わっていた。
一体何が起きたというのか。
しばし呆然とそれを見つめ。再び地上に視線を戻した。
やはり空を見上げて呆然とする鹿沼葉子。
「葉子さん!!」
――これは彰の勇み足。ではない――
閃光。
その前の力の流れ。
一体なにが起きているというのだろう。
しばしその場に立ち尽くす。
「葉子さん!!」
ハッとしたように彰の方へと向き直る。
彼は……。
そう、小さな女の子と一緒にいた男だ。と彼女は気づく。
「こんな所で一人でなにやってるのさ。怪我は?
えっと、そう言えば僕と初音ちゃんを助けてくれたお礼がまだだったね。
ありがとう」
「手当てなり、なんなりをしてくれた人の仲間なんでしょ?
こっちもお礼を言うわ。ありがとう」
お礼を兼ねた自己紹介。
言葉が少なくても伝えたいことは伝わる。
「なんで一人でいるんだい? なにしてるのさ。それに武器は?」
なにをしようとしていたんだっけ?
なんで武器も持たずに駆け出したんだろう?
葉子は少年のことを思い出した。あの時彼がやる気だったら……。
ずいぶん軽はずみな行動をとっていたものだ。今の自分に一体なにができるというのだ。
――これは葉子の勇み足――
「なるほど、それで居ても立ってもいられなくなって、黙って飛び出してきたわけだ」
彰は渋い表情。
考えてみれば、彼も軽はずみに外に飛び出した口なのだ。
「さて、ここで愚図っていても始まらない。一旦皆のところに戻るとしようか」
「はい」
彰は自分の心に住まう鬼を覚えていない。
記憶や映像の改竄も気づいていない。
そう。『皆のところに戻る』
これこそが。
――これは彰の勇み足――