Children of the grave


[Return Index]

神尾晴子は喫茶店を離れ、野道を進んでいた。
観鈴。すぐ友達連れて、迎えに行ったるからな。
そして。
たぶん、自分もすぐ。

暖かいコーヒーの薫りに包まれても、端切れと化した衣服を着替えても、晴子の心は空洞のままだった

観鈴。
「人を信じなきゃ、ダメだよ」
観鈴。
「みんなで帰ろうよ、あの街に。ね?」
観鈴。もう帰れへんのや。
みんなで帰れへんのや。
ごめんな、観鈴。
うちには、もう、これしか思いつかん。
うちはもう帰れんでも、かまわへん。
ただ、なんで観鈴、あんたが死なんといかんの。
観鈴ひとり逝かせるわけにはいかへん。
居候。観鈴。待っててな。すぐ賑やかにしたる。
そして、うちもすぐに――。また一緒にやろ。な?

その目は既に、この世のものを見ようとしていなかった。
見ようことなど、できるはずがなかった。

歩く中、晴子はまだ誰とも逢わなかった。
屍体とは遭遇したが晴子の目には留まらず。ただ通り過ぎるだけのものにすぎなかった。
幸せそうに寄り添う屍体。
かつて人間だったものが、屍体になってしまっている。
あとは腐るだけの、ただの肉のかたまり。
屍体に、それ以上何の意味がある?
……観鈴も。

いつしか森を抜け、隣接する墓地にたどり着いた。

生存者も、残り四分の一を切った。
この島は、屍臭が支配する、一つの大きな墓場のようなものだった。
殺人の衝動が鎮静しつつあるこの島。
それを象徴するような、鬱蒼とした、陰鬱な場所。

なのに。
なんだか、晴子には、
そのことがおかしかった。

手持ちの武器を確認してみる。
手に入れたニードルガンは、右手からずっと放していない。
いつものズボンは棄てて、置いてあったスカートに履き替えたが、ベルトはそのまま締めて警棒を引っ
掛けてある。いざという時、すぐに抜けるように。
正直、心もとない装備だ。せっかく、やる気になったのに。
この装備で事を運ぶには、一発一発を大事に、狙って当てていくしかない。
弾丸数がどれくらいあるのか、正直気になったが、どうもよくわからなかった。
銃のことなんてよく知らない。吹き飛ばされる前に持っていた銃とはだいぶ違うようだが、
なに、銃なんて狙って引き金を引けば当たるように出来ているものだ。
たとえ返り討ちに遭っても、それはそれだけのこと。

それにしても、これだけ探しても、人っ子ひとり見つかりやしない。
だが遮蔽物の多いこの墓場は、不意撃ちには持ってこいだ。
銃弾を凌ぐこともできよう。

無暗に探すのにも疲れた。
誰か。誰か来ないか。

(来よったで……)

晴子は急ぎ身を隠す。

痩身の青年が、のこのこやって来た。
およそ顔に精気というものは見えず、足の甲は半分持っていかれたように抉られていた。
武器も持っていないようだ。
ただ眼光だけが、獣のような妙な気を放っていた。

(なんやこいつ。よう、今まで生きてこれたな……)

慎重に、近づく。
幸い、青年の歩みが非常にのろのろとしたものだったので、晴子といえども造作はなかった。
それにしても。
この青年、よく今まで生きてこれたものだ。
しかし晴子も知っていた。
何者かの庇護にある限り、または信用の出来る何人かで互いの安全を守ることができれば、
ここまで生き残れないことはない。
ゲームに乗り損ねたものにとって一番恐ろしいものは、疑心暗鬼。
恐怖に導かれ、混乱した人間たちは、あっと言う間に狂ってしまう。

うちにもおったんや。
居候。
観鈴。

青年は一人歩んでいる。
もし、この人がうちと同じで、大切な人を失っていたら。
失意のうちに「壊れてしまった」のだったら。
そう考えそうなって、やめた。
知ったこっちゃない。
うちは、ゲームに乗ってしもたんや。
うちは、殺る。

ぱしゅっ。

晴子のニードルガンが、とうとう放たれた。

やったのか。
やってしもたんか。

しかし、現実は、晴子にとってもっともっと以外な結果だった。

避けた。
まるで忍びよる晴子に気づいていたかのように。
青年は、造作もなく躱した。

「えっ」
思わず声を上げてしまう。
青年は――七瀬彰は、音も立てず晴子の懐に近づき、晴子の腕に手刀を放ち、ニードルガンを落とす。
そして反す手で、特殊警棒を抜き取り、肩に一撃を喰らわす。

ぐっ。
骨が、折れたかもしれない。

反撃はそれだけに留まらなかった。正確に晴子のみぞおちを狙って、拳が放たれる。
晴子の意識は、飛んだ。

人間の動きには思えない。
まるで、理性の箍が外れたような。そんな危険な動きだった。

晴子はすべての武器を失い、痛みで体を動かすことなどできなかった。

あかん。もう終わりか。
もう終わりか。ほんま、情けないな……
好きにしたらええ。銃はすぐそこにある。
殺せ。
殺してくれ。
今までずっと、苦しかった。
体の痛みよりも、心が空虚になるような苦しみ。
後生やから、さっさと楽にしてや。

殺されるより、残酷。
晴子の最後の願いさえ、彰には届かなかった。
かつて七瀬彰と呼ばれた人間には。

「え?ちょっと、何するん!」

彰は、晴子の体を四つんばいにさせた。
晴子のスカートは簡単にめくれ、尻があらわになった。

何や。何をする気なんや。この子は。
そう考えようとしたが、晴子にもわかっていた。
彰は一気に下着を膝下まで下ろし、晴子の肉をわしづかみにし、臀部をこじ開ける。
そして、啜りはじめる。

「やめ、やめて。あかん。堪忍やぁ……」

もう、最後の力も出なかった。
力が抜けると、彰は晴子の胸に手を向かわせ、もみしだきはじめた。

自分が蹂躙されていく、その暫くぶりの感覚。
晴子は、自分の意思にはかかわらず、その感覚に捕らわれていった。
痛み、よりも。
悲しみ、よりも。

彰は、目の前の光景をぼうっと見ていた。
ぼんやりとしか見えなかった。
なんだろう。これは。
柔らかい。
あたたかい。
そしてなんだか、心地いい。

鬼の木偶となっていた彰の心が、目覚めはじめる。
気づいたか。
おまえは?
俺だ。
ここは?
どこでもいい。
僕は?
おまえには、やるべきことがある。
それは?
この女は、おまえを殺そうとした。
僕を?
そうだ。だが安心しろ。おまえは、この女を、倒した。
僕が?
そうだ。おまえは強くなった。そしてもっともっと強くなれる。
僕が?
生贄が必要だ。――お前に、そして俺に捧げるための。
生贄?
女だ。まずは目の前の女を征服しろ。犯せ。壊せ。自分のモノにしろ。
鬼に堕ちてしまえ。そうすればおまえは、もっと強くなれる。
自分の――モノに?
そうだ。おまえの前にそれは、もう捧げられている。
そうか。それなら。

それならば。

彰の無意識の愛撫は、執拗に続いていた。

気持ちわるい。気持ちわるい。気持ちわるい。
うちは、母親だから。
本当の親子じゃなくても、でも、観鈴のおかあさんだから。
おかあさんと呼んでくれたから。
堕ちてたまるか。
あんたみたいな若造に、こまされるわけにはいかへんのや。
汚されるわけにはいかへんのや。

しかし、荒々しい鬼の攻撃は、晴子の感じる部分をとろとろに溶かしきっていた。

あかん。堕ちてまう。
今逃げないと。堕ちてまう。
でも、逃げられない。
こないな貧弱なガキに勝てへんなんて。
女って、損だ。

ずぶ。

彰のモノが、春子の中に沈みはじめる。

「ああああああああああああ!」

叫んでしまった自分に恥じ入る。
こんな所で、こんな奴と、こんな声を上げて息を切らしてる。
もうすべてがいやになっていた。
この島も。
ゲームに乗った自分も。
自分を犯しているこの男も。
そして、感じている自分自身も。

……早く、終らないのかな。

どくん。
彰は、晴子の中に精を解き放った。
しかし意せず、そのまま中を攻め続ける。
二人の液が混ざり、かすかに泡立つ。
晴子の目は、もう何処も向いていなかった。

このまま終れば。
終ってくれれば。
だけどな。
神さん。あんたはなんて殺生なんや。

観鈴が、いた。
木陰から愕然とした表情でうちらを見ている。
うちの、観鈴。

「おかあ……さん……」

途端にうちは、母親に戻る。
「あかん、観鈴、見たらあかん!あんたもやられる!はよ逃げ!」

「うああ……おかあさんを」
あかん。

「おかあさんを、おかあさんを」
あかん。観鈴。来るな。
せっかく、生きとったのや。

「おかあさんを、放して!」
観鈴は、うちの観鈴は、そのへんにあった棒きれを振り回してこっちに向かって来る。
「観鈴!来るな!うちはどうなってもええ。
あんたに、勝てるわけがない。はよ逃げえ!」

「いやだ。いやだよ。お母さんを、助けるの!」
目暗滅法に突っ込んで来る観鈴。

男は、悠然とうちから自分を抜き去ると、うちにしたように、簡単に観鈴の抵抗も止めてしまった。
そしてまるでそうなることが必然のように、観鈴の体の自由を奪っていく。

「観鈴!観鈴!観鈴!」
うちはもう、観鈴の名前を呼ぶことしかできなかった。
すっかり腰が抜けていた。うちにはもう何の力もない。悔しいなあ。悔しいやろなあ。観鈴。

「おかあさん、いいよ。早く逃げて。
わたしは、どうなってもいいから。
観鈴ちん、我慢するよ。だって、おかあさんが苦しんでるの、いやだもの。
だから、逃げて。」

ああ。
そういう奴やった。この娘は。
うちの、可愛い観鈴は。

彰は、観鈴の体をまさぐる。
感触を楽しむように、観鈴の胴のてっぺんから一番下まで、手を往復させていた。

この感触。
そうだ。それが、お前を強くする生贄。
この亜麻色の髪も。そう。お前のモノだ。
初音とは、似ているようで、全然違う。
だけど、似ている。
この目は。諦めではない。
自分を投げ出すことのできる、強い目。
初音も、そんな目をしていた。
「おかあさん」そう聞こえた気がした。
そうだ。これは母の目だ。
「おかあさん」彼女が呼ぶおかあさんとは。
ふと気になって見てみる。
それは。
無残な女の姿。

これは。
ぼくが、やった。
ぼくが、壊した。

「うあああああああああああああああああああああああああ」
突然叫び出す彰。
僕は、僕は。
取り返しのつかないことをしてしまった。
あまりにも酷い、無残な――この娘の母親。

どうした彰。犯せ。殺してもいい。それはお前の生贄だ。
お前のモノだ。
うるさい。黙れ。モノじゃない。この娘の母親だ。
――初音に少し似た、この娘の。
お前は。オマエハ――
やめろ彰。俺は、お前の中の、血。
そして俺をおまえに授けたのは、外ならぬ――
黙れ、消えろ。僕の中から消えろ。消えてしまえ。消えろ。
消えろ。消えろ。消えろ。消えろ。消えろ。消えろ。消えろ。消えろ。消えろ。
消えろ。消えろ。消えろ。消えろ。消えろ。消えろ。消えろ。消えろ。消えろ。
消えろ。消えろ。消えろ。消えろ。消えろ。消えろ。消えろ。消えろ。キエロ。
やめろ。彰。俺は。初――

目の前の不快なものが消え去った。
彰の視界が、急にひらけた。
そこに映るものは、鮮明さを増した無残な光景。
世界はもう、白と黒で構成されていなかった。
でも。
何も変わらない。

喋ろうにも、何も口に出てこない。
この状況で、一体、何ができる?
ただ、声にならない叫びを洩らすのみ。

「ごめん…なさい…許して……」

観鈴には、たしかにそう聞こえたような気がした。
しかし、確かめる間もなく彰は逃げ出していった。
陰鬱な墓地を越えて。どこまでも。どこまでも。

「おかあさん。行っちゃったよ。助かったみたい。もう大丈夫だからね」
どあほ。
大丈夫な、訳ない。
見られた。
犯されている自分を。
観鈴に。
「どあほっ!観鈴、なんで近づいてくんねん。ほんとなら、万に一つの勝ち目もあらへんかった――
なんでのこのこ出てくんねん。うちは、うちは――どうなってもよかったんや!」
だって。自分が、殺そうとしたのだから。
「うちなんかより、まず自分の安全を考えや!」
そう。もう、悲しませないで。
「この、どあほっ!」

「……おかあさん」
観鈴がうちの目を見つめる。涙を溢れさせて。
「おかあさん、どうしてそんなこと言うの?
おかあさんが悲しいと、わたしも悲しいんだよ。
おかあさんが苦しんでるの見ると、わたしも苦しくなってくるの。
だから、そんなこと言わないで。おかあさん」
観鈴は、うちを抱いた。
抱き締めてくれた。
涙を我慢して。
そう。いつもあんたは、我慢してたっけ。
友達もおらんで。いつも一人で遊んで。気がづけば、いつも。

「みすず…」
うちは泣いた。
「みすずっ!みすずっ!あんたって娘は。
生きていてくれて、本当よかった。うちの観鈴。観鈴。」
子供のように泣いた。泣くのがこんなに気持ちのいいことだなんて、すっかり忘れていた。
子供に抱き抱えられて、ボロボロの格好で、泣き続ける。

「おかあさん、子供みたい。にははっ」

ほんとそうや。うちは。観鈴が死んだと思って。一人自棄になって。
ゲームに乗りかけた。ほんと子供や。

観鈴、気付かんうちに、大きくなったなあ。
体も大きくなった。こころも強くなった。
まるで、子供がおかんに泣き崩れてる用に見えるんかもな。
自分の子供に。

この涙か枯れるとき。
こんどこそうちは、強くなろう。
本当の、母親になろう。
でもそれまでは。
このまま、子供みたいに泣かせておいて。
もう少しだけ。そうしたら強くなれるから。

[←Before Page] [Next Page→]