選択


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「おや、目覚めましたね」
「……! ……!!」
「やはり、祐介君を殺した事が僕を狙う理由だったんですね」
「……」
「そういう恨みがましいこと言わないでください。一応、僕はあなたの命を救ったんですから」
「……」
フランクが覚醒した場所はベットの上だった。布団は敷かれていないために板張りの上に寝かされていて、体の節々が痛い。
辺りを見渡すとカーテンで仕切られて視界が遮られている。そして、消毒のアルコール臭が鼻をつく。フランクはここがどこかと少年に聞いた。
「ここは『学校』と呼ばれるところです」
「……」
フランクは得心した。だが、別の疑問も浮かぶ。
「……」
少年は少し笑みを浮かべて答える。
「まあ、確かに骨の折れる仕事でしたが……。医療機器があるところは他に知らなかったんです。それと決別です」
「?」
そう言って少年は笑みを消す。そして、今までのどこか余裕ある態度を無くして小さく呟く。
「ここでね、少女が死んだんですよ、埋葬したのはつい先ほどですが……」
「!!」
フランクの目が大きく開かれる。それは無論、死者がいたところに寝かされていたからではない。
「その子は、心臓を患っていました。それでも必死に生きようとしてましたよ……。でも、参加者の一人に殺されてしまった」
「……」
そして、二人の男は目を瞑る。かつてこの部屋で死んだ少女に黙祷を捧げているようにも見えた。
管理者といえどフランクも人の子であった。人の死を悲しみ、悼む心も持っている。そう思う心はこの殺人ゲームを管理することが決まったとき、本人は捨てたと思っていたのだが……。
そして、しばらくして、また少年が話しを続ける。

僕はそいつが憎かった。彼女の敵をとってやりたい、そうも思った。だけど、そいつも死んだようです……」
「……」
「そして、僕は悟りましたよ。たとえ、人殺しでも、参加者は皆、被害者であると。真に恨むべきは……」
そう言って少年は身にまとっていた偽典をフランクに向かって投げつける。
「管理者だと」
少年の手から放たれたものは、フランクの頬を浅く切りつけ背後の壁にささった。
「だけど、あなたを殺したりはしません。あなたは責任をとらなければいけない。この島に死んでいったすべての人々に対する責任を」
その言葉に対してフランクは首肯する。言われるまでもないと。
もはや、フランクに少年を殺せる好機は来ないだろう。ならば、生き恥をさらしても死んでいった者たちへの責任をとるのが役目だと、フランクは思った。


少年は話しを続ける。
「高槻を含めた管理者を打倒する。そして、この馬鹿げたゲームを終わらせる。それだけに邁進してればいい。そう、思ったんですけどね。そうはいかなくなってしまったんですよ」
「?」
「植え付けられた疑似人格。それが消えてしまったからです」
「……!」
フランクの額に玉のような汗が浮かぶ。少年が言ったことが真実ならば、事態は最悪の方向に転がっているからだ。
「それともう一つ。今となっては神奈を守るために手段を選んではいられなくなりましたからね」
「……?」
いぶかしげな顔をするフランクを一瞥して、少年は言葉を繋げる。
「あなたが気絶している最中に、大きな魔法が発動しました。おそらく、神奈を誅するために」
「……!?」
「ええ、神奈は生きていますよ。僕が生きていることがその証拠です」
フランクはうつむいて、そうか、と呟いた。そして、その目から涙がこぼれ落ちる。
「そうですよね。神奈を倒すために何人もの人々がこの島で殺戮を繰り返してきた。それがすべて無駄になってしまったのですからね」
その言葉を聞いたとたん、フランクは立ち上がり少年にくってかかる。胸ぐらをつかみ、少年を持ち上げる。少年はこの重病人にこれだけの力があるのか、となぜか感心した。
「……! ……!!」
フランクは早口でまくし立てる。この男がここまで饒舌になるのか、と少年は場違いなことを考える。

やがて、落ち着いたのかフランクは少年から手を離した。しわくちゃになった襟元を直しながら少年は言う。
「それでですね、今までのことを踏まえた上で、一つお聞きしたいことがあるんですよ」
「……」
「まあ、そう言わずに。聞いとかないと後悔するかもしれませんよ?」
「……」
フランクは憮然としながらも頷く。
「じゃあ、言いますよ。僕はこれから参加者の中で魔法を使える人を捜さなければならなくなってしまいましてね」
フランクの顔に緊張が走る。
「それで、管理者のあなたなら知っているでしょう? 僕も参加者のことは大会前に少しは教わったのですが、魔法に関しては教えてくれなかったので」
少年をジョーカーとして参加させるにあたって参加者の情報をリークしたが、魔法の使い手は管理者側が万が一を考えてそれだけは秘匿とした。それは、神奈に対抗するのにもっとも有効な手段が魔法であるからだった。そして、疑似人格を失えば少年は魔法使いを狙う……。その管理者の危惧が現実のものになった。
「……」
フランクは首を横に振る。当然だ。
「そうですか……。残念です」
少年は落胆しているように下を向いた。だが、それが演技であるというのはフランクの目にも明らかであった。
「では、残った参加者を全員殺さなければなりませんね」
「!!」
フランクは自分の耳を疑った。先ほどの少女の死を悼んでいた少年とは同じ人物なのだろうか?
「だって、そうでしょ? あなたは魔法使いですかって、一人ずつ聞いて回るわけにはいきませんし」
「……」
はったりだ。そうに違いない。それにしては、あまりにも稚拙だ。そう、フランクは思った。だが、次の言葉がフランクの心臓に見えない槍を突き刺した。
「ですから……。あなたの甥子さん。七瀬さんでしたっけ? も手に掛けなくてはいけなくなってしまうんですよ。さすがにこれ以上あなたに恨まれるのは嫌だと思って聞いてみたんですが……。やっぱりダメですか?」
「!?」

そして、フランクは慄然すると共に、すべてを理解した。これは少年を狙った自分に対する復讐なのだと。
少女が死んだというはなしも、管理者の責任も、少年の疑似人格が消失したことも、すべてを話した上で悪魔の選択を少年は強いた。どちらを答えてもフランクの心が傷つき後悔するように仕向けた。
Yes.と答えてもNo.と答えても恐らく少年は言ったことを実行する。それは間違いないだろう。
Yes.と言えば少年は魔法使いたちを殺す。それは今までの自分たちの行為を無に帰することになる。彼女らのことを教えることは、管理者にとってもこの島で散っていった者たちに対しても大きな裏切りになってしまう。
しかし、暗に少年は彰を襲わないと言っている。少年も無駄に戦うリスクを負うとは思えない。だから、その密約は守られるであろう。
No.と答えれば少年は彰を狙う。そして、また自分に強要する。魔法使いは誰か? と……。少年にとっては遠回りになるが結果は同じだ。けれども、監視所で見たときに彰は多くの仲間たちと一緒にいた。少年を返り討ちにできるかもしれない。
だが、無論彰は戦闘にさらされることになる。少年を倒したとしても彰が死んでしまったら元も子もない。それに彰は度重なる戦闘で満身創痍だ。
どうする……。
時計の針が3時を指したとき。フランクはようやく口を開け、
「……」
と、言った。

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