木と風の祝福
降りしきる雨の中、汗と埃にまみれて、目の前の機械と外を交互に眺めつつ、
彼らは長らく作業を続けていた。
雨の降り込みを防ぐために、窓を開けることもできず、熱気と湿気がこの狭い
一室の中に充満しており、背後にただ一つある鍵の壊れた扉だけが、換気口に
なっていた。
「どう思う、月代」
「(・∀・)うーん…やっぱり外のスピーカーが、変なんじゃないかな?」
鍵を破壊して侵入したのは、坂神蝉丸。
そして、常に彼と共にある謎のお面は、もちろん三井寺月代だ。
二人は消防団の詰め所にいる。
この建物のすぐ近くで昼の放送を聞いたにも関わらず、声の聞こえた方向が違って
いたため、あまり期待せずに侵入した。
壊れたシャッターを引き上げ、古びた南京錠を掛け金ごと破壊し放送室へ侵入すると、
施設管理のズボラさが見て取れる。
半ば朽ちて倒れた木の椅子。
曇り硝子のように不透明な、ひびの入った窓。
積もった埃と、ほうぼうに張られた蜘蛛の巣が、長らく使われていないことを雄弁に
物語っている。
だが常時使われている施設は、逆に言うと兵士がうろつく可能性があり、たいそう
危険であったから、ある意味これは好都合でもあったのだ。
配線図を手にとると、二人は蜘蛛の巣をはらい、軽く掃除をして、放送施設の配線を
くまなく調べ、また電気が通ってるかどうかを確認し、ようやく内部的に問題はないと
結論を出した。
「(・∀・)あとは櫓の上の、スピーカーそのものだね」
数時間に渡る、埃と蜘蛛の巣と配線との戦いに疲弊した月代が、ほう、と息を吐き
ながら、隣接してそびえる火の見櫓を眺めつつ結論する。
「そうだな。風雨に晒されて、配線が切れたくらいだと良いのだが」
月代と同じように外を見ながら、蝉丸は答えた。
雨の降りは、ときおり集中的に強くなり、遠くないどこかで雷が地を叩いているのが
聞こえてくる。気分的に、高いところへ登りたいとは思えない環境だった。
そのとき。
あたり一面が、真っ白な光に包まれた。
「(・∀・)せっ!せみまるっ!」
「むう…!」
一瞬爆撃かと思い、伏せてしまったのは、職業軍人の悲しい性だと言える。
続いて思いついたのは、落雷だったのだが、それに思考を寄せる間もなく、大きな
変貌が訪れた。
-----光が消えると共に、嘘のような青空が広がっていたのである。
「(・∀・)うわ…うっそ…」
「…ふむ」
呆然とする月代。少なからず驚きつつも立ち上がる蝉丸。
「(・∀・)…蝉丸? これ、どういう事なの?」
「まるで解らん。
…だが、櫓に登って作業をするには、好都合じゃないか」
唇の端だけを僅かに上げて、不敵に蝉丸が笑う。
そして躊躇うことなく、すたすたと外へ向かう。
「(・∀・)わあ、ちょ、ちょっと待ってよ!」
埃を舞い上げながら、慌てて月代も立ち上がる。
走ろうと思って工具につまづき、あたふたしたまま工具箱に詰め込む。
蓋をいいかげんに閉じて、丸ごと抱え、早くも息を切らせながら後を追う。
いつになく素早い判断で行動する蝉丸に、驚きを感じていた。
扉をくぐり、階段を駆け降りる。
シャッターを抜け、すっかり明るくなった外へ出ると、火の見櫓へ向かう蝉丸が見える。
「(・∀・)せみまるっ!」
半ば飛びつくように、半ばぶら下がるように、月代は腕を絡ませる。
「む?」
それでも、ほとんど揺らぐことなく歩みを進める蝉丸が頼もしい。
満足感を味わいながらも、置いていかれた恨みごとを漏らしてみる。
「(・∀・)もう、工具も無しにどこ行くの」
「月代が持ってきてくれると、思っていた」
「(・∀・)う、うわ…」
…くらっときたのは、太陽のせいだろうか?
月代はそんなことを考えながら、わけもなく赤面した。
あの放送を聞いてからと言うものの、今の天気と同じくらいに、蝉丸は変わった気がする。
ほどなく二人は、火の見櫓の頂上に到達していた。
吹く風が涼しげで、先ほどまで居た狭く暑い一室とは、天地の差がある。
視界は広く、雨宿りを終えた鳥たちが羽ばたいていくのが、あちこちで見える。
柵に足をかけたまま、頭上のスピーカーを点検する蝉丸を見上げつつ、月代はぽつりと
つぶやいた。
「(・∀・)蝉丸…なんか、変わったね」
「…嫌か?」
「(・∀・)ううん、嫌なわけ、ないよ」
小さく答えた言葉の端が、風に揺れる木々の声に掻き消されていく。
その短い会話を最後に、二人は黙々と修理を続けた。
不用意に通した配線が強烈なハウリングを引き起こし、耳鳴りと共に修理の完了を確信
した頃には、かなりの時間がたっていた。
吹く風と、木々の声だけが、変わらず二人を包んでいる。
月代は、この島に不似合いなほどの幸福感を味わっていた。
…そしてきっと、蝉丸も。
【坂神蝉丸 三井寺月代 消防団詰め所、火の見櫓の上で放送施設の修理完了】