CD
カタカタカタ……
キーボードへの軽快な入力音は、手書きよりはるかに効率的でありながらも、無機質であるという謗りからは
決して免れられない。
ちょっとしたハプニングこそあれ、わたし達は最後のCD解析にまで手を出していた。
いや、正しくはこの部屋に居たHMの1体と、詠美ちゃんに任せきりなのだけれど。
わたしと梓は、その時間を使って参加者のデーターを閲覧し、過去ログを調査している。
…と言うのも、今の繭ちゃんを外に連れ出すわけには行かないからだ。
もともと彼女は今の状態が地のようだ、しかし出会ったときの知性的な彼女の方が、この島で生き抜くのに
都合がいい。あらゆる危険性を理解しない今の彼女が外に出ることは、死を意味する。
「お!?ホントにあったよ千鶴姉!」
「…家に帰れば、簡単に手に入るのにね」
求める一品は、セイカクハンテンダケ。
どうやら、もともと天沢郁未という少女に支給されていた品物のようだが、効果時間を考えると、彼女と
繭ちゃんが別れたあとに、キノコの摂取が行われたと見ていいと思う。
そうなると何らかの理由で、セイカクハンテンダケは繭ちゃんに渡されたと考えるのが妥当だ。
「うーん、過去ログって見難いなあ」
梓がぼやいている。
視界の端で、動物を引き連れ目覚めた繭ちゃんと、あゆちゃんが話し込んでいる。
何か円形の機械で遊んでいるが…あれはなんだったかしら?
どこかで、見た事があるような…気がするけれど…。
「千鶴姉、聞いてる?」
「あ、ごめんなさい。ちょっと……ね」
そうだ…あれは誰かが、持っていたような気がする。
「うん? ま、いいけど。…この時が、怪しくないかな?」
梓が指摘したのは、崖での一幕。その時の画像を呼び出す。
さすがの巨大コンピューターも少々の時間を要したが、二人の少女を救い出そうとする少年の姿が
見え、崖下に鞄が転がっていた。
たぶん引き上げる際の重さを軽減するために、いったん捨てたのだろう。
この鞄のどれかに、セイカクハンテンダケが含まれている可能性は高いと思われる。
その後、繭ちゃんは崖上に残り、相沢祐一と北川潤、宮内レミィの三人は崖下で合流し移動している。
画像を呼び出せば、大量の荷物と相沢祐一を抱えた、北川潤と宮内レミィの姿が確認できる。
その後数人の死者が出て、あの大量の荷物を受け継いだと思われるのは、北川潤の他に、来栖川の
令嬢芹香さんと、スフィーという少女の合計3人となる。
「うーん、ここまで追って3人かあ」
「絞り込んだとは、言えないわね」
それでも3人なら希望が持てるほうだし、誰か1人に遭遇できればセイカクハンテンダケの所在は解るだろう。
一息ついて、CD解析中の2人に声をかける。
「詠美ちゃん、そっちはどう?」
「ふみゅ?呼んだ?」
再び作業に没頭していた、詠美ちゃんが遠くの端末から顔を出す。
だが梓は軽くあしらう。
入力は詠美ちゃんが行っているが、実質的にはHMのほうが解析内容を理解しているからだ。
「詠美、アンタはお呼びじゃないよ」
「なな、な…なによっ!
し、したぼくのくせにっ!」
「げぼく…まあ、いいや。
…あたしも色んな呼び方されてるけど、アンタの下僕になった覚えはないってーの」
二人は言い争いを始めた。
梓の方が口達者なのは、慣れというやつだろう。
とりあえず必要以上に友好を深め合う二人を無視して、残ったHMに尋ねることにする。
「CDのほう、どうかしら?」
応じるHMの報告は、予想された結果とは言え残念なものだった。
ぺこり、と頭を下げると、やや緊張した面持ちで、彼女は説明を始める。
「はいー。まだ詳細は解らないんですけれどー。
えーとですねー…まず、これです」
ぽん、と画面に浮かぶ”神奈備命”という言葉。
「神奈?これが、なんなの?」
「これはですね、番号付きの2枚どちらのCDからも、最初に発見された言葉なんですう。
どちらも、同じ目的のために作られた、同じ作用のものらしいんですー」
わたしは首を傾げる。
「それじゃ、4枚同じ物がある意味は、なんなのかしら?」
はいー、と深く頷きながら彼女は答える。
「今ある2枚限定で考えるとですね。
2枚とも、別の座標に作用点を設定されているんです」
「すると4枚とも同じもので、対象座標が異なる可能性が高い、と?」
はいはい、と軽快に返事を返しながら、HMは続ける。
「しかもどちらの地点も…島の外なんです」
説明と共に一番大きな画面を指差しながら、彼女はその2点を赤い光点にして表示させる。
島の北西と、南西に赤い光が点灯する。
「とりあえず、この二点が今あるCDが作用する点なんです」
よく意味が解らない。
「…どういうこと?」
「そうなんです、これだけだと全然解らないんですよー」
明朗に答えられても、それは多いに期待はずれな結論だった。
肩を落とすわたしを諭すように、HMは言葉を続ける。
「あ、正しくはですね。
詳細は解りませんが、大きな負荷がかかるらしい事までは、解るんです。
タイミングとバランスを取らないと、島自体が大変な事になるって書いてあるんですよー」
「大変な事?」
再び、はいー、と深く頷き彼女は答える。
「この作用点にある装置から、何らかのエネルギーが発生するらしいんです。
それを効果的に収束させるには、4枚同時に起動しないといけない、と。
…もし収束に失敗すれば…この島そのものを対象にして、発生したエネルギーが作用するそうですう」
要するに、全部揃うまでは気軽に試してみる訳にはいかない、ということだ。
「単なる、来栖川の兵器である可能性はないの?」
当然の疑問に対し、彼女はにっこり笑って、無記名のCDを指し示す。
「ところがこれに、タネあかしが入ってたんですよー」
それは長瀬源五郎の保持していた1枚であった。
「”神奈備命消滅”という目的のもと作られた四つの装置の存在と、そこへのアクセス方法が書かれているんですう。
それによると、装置が島の外にあるのは、装置の発動を抑える”結界”と言う力の影響から逃れるためなんですねー」
「…神奈備命、ねえ…」
よくわからない存在のために。
わたしたちが玩具にされているらしい事だけは、理解できた。