北へ


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紆余曲折はあったが、晴香と留美はようやく潜水艦探索を再開する第一歩を、
「ようやく、再出発ね」
「うん、これで探索に専念できるわ」
「で、高槻の死体には何もなかったけど、他に潜水艦を探す手掛かりはあるの?」
「え、えーと、あいつ、ほかになにか言ってたっけ……」
「もしかして……」
「あはは、ないや」

バキッ

第一歩を踏み出せないでいた。


久々に会心の左ストレートをたたき込んだ巳間晴香は大きくため息を付いた。
しかし、心中はそれほど暗澹としているわけではなかった。
そう、彼女には潜水艦がある場所に心当たりがあったのだ。かつての仲間、保科智子と神岸あかり、そしてマルチが一緒にいた頃、管理者側の兵士から奪ったジープに拠点の位置が書かれた地図が入っていた。
だが、晴香はそのことはあまり思い出したくはなかった。
その地図が示した拠点に攻め込んだことを、今は死ぬほど後悔していたからだ。
無謀な戦いの結果、高槻の奸計により、晴香と智子とあかりは捕らえられ、晴香は高槻に屈服することによって命は助けられたが、あかりは慰みものにされたあげく殺され、智子もまた高槻の手の者に殺された。
マルチはそのときは無事だったかも知れないが、放送によると、もうこの島には存在しないらしい。
悔やんでも悔やみきれなかった。
だから、今までの戦いに身を投じた激しさの中で、あのことを忘れ去りたいと思ったのかもしれない。
しかし、今はそんな泣き言は言っていられない。死んでいった者たちのためにも、生き残っている者たちのためにも。そう、今こそ話そう、その潜水艦の所在を示す地図がある場所を。
だが、

「くー、今の効いたぁ」
「しっかたないわねぇ。それじゃあ、今度はジープを探すわよ」
「なんで、ジープ?」
「ふふふ、前にちらっと見たんだけど、そこに、この島の地図が入っていたのよ」
「すごいじゃない。それで、そのジープはどこ?」
「え、えーと、多分、あの基地の前に置いてったけど、出てくるときには無かったから……」
「もしかして……」
「あはは、どこにあるか分からないわ」

ドカッ

だが、地図の場所も不明だった。


脇の下からえぐり込むように、右ストレートを放った七瀬留美は大きくかぶりを振った。
しかし、心中はそれほど暗澹としているわけではなかった。
そう、落ち込んでいるわけにはいかなかった。なぜなら、折原と約束をしたからだ。
必ず生き残る、と。
そのためには、これぐらいのことは挫折でもなんでもない。海岸線を全部まわって潜水艦を探してもいい、島を全部めぐってジープを見つけてもいい。
たとえ、泥水をすすっても生きて帰るのだと心に決めている。折原は乙女らしくない言葉だと笑うだろうが……。いや、笑ってくれた方があいつらしいと留美はそう思い、自分もまた心の中で笑う。
そして、右腕に巻いた瑞佳のリボンを見やる。
これを見る度に、彼女のことを留美は思い出した。笑顔も、泣き顔も、そして今際の顔も……。
そんな、楽しい想い出、悲しい想い出。それらすべてを含めて瑞佳が宿っている。親友はいつでも自分と一緒なのだと。そう思える留美は、もう心の中へ逃げたりはしないだろう。
だから、七瀬留美は誓う。必ず、帰ることを。
二人と出会った、あの町の交差点へ。
二人とおしゃべりをした、あの学校の教室へ。
二人と走った、あの公園の道へ。


「結構痛かったわよ。今のは」
「そう? でも、これでおあいこよ」
「……。まあ、そういうことにしといてあげましょう」
「で、これからどうする? 海岸線を歩いて潜水艦を探す? それともどっかに行ったジープを探す?」
「うーん。外から見て潜水艦がある場所を見つけるのは、難しいと思うわ。参加者に見られたら襲われるのは必至だからね」
「んじゃ、ジープ?」
「それもねー。おそらく基地の奴が乗っていっただろうから、駄目だと思うわ」
「じゃあ、いったいどうするのよ!」
「それを今、考えてるんじゃない。あそこはもう方角分かんないし……。そうだ!」
「なに、今度は? 木の棒を倒して決めるとか言わないでしょうね」
「違うわ。そういえば地図の上の方に一つだけ、ぽつんと印があったのを思い出したのよ」
「地図の上? ああ、北の方ね」
「北の端にあるから、大体の方向で歩いていっても着けるはずよ」
「なるほど。で?」
「で? なに?」
「北ってどっち?」
「磁石は?」
「ないわ」
「……」
「……」


ドカッ
バキッ


クロスカウンターで倒れた二人が起きあがったとき、傾いた太陽は影を少し伸ばしていた。
二人は、最初からこうすれば……、と文句を言い合いながら、影に導かれて歩いていった。

【巳間晴香、七瀬留美。北へ】

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