狩人の視界
たぶんそれは、よほど注意していないと解らない程度の変化。
茂みが、風以外の何かで揺れる動き。
しかし、人影をそこに認めることは容易ではない。
気配を消して、ただそこにあること。
フランクは人生のほとんどを、そうして過ごしてきた。
特に意識してのことではなく、生まれついたときから存在を押し出すことなく、居続けた。
要するに、彼は天賦の才として隠密の技を身につけているのだ。
大きく重い、ひとつの武器。
取られることはないだろう、そう思いつつも、急ぎここまでやってきた。
幸いにして誰にも発見されなかったようで、無造作に置かれたままの、狙撃用ライフルを拾い上げる。
『あなたは責任をとらなければいけない。
この島に死んでいったすべての人々に対する責任を』
誰あろう、その少年自身が言った言葉を思い出す。
漠然とした決意ではあったが、そうした考えをフランクは確かに持っていた。
だが実際に何を為すかと考えると、死人を生き返らせることのできない神ならぬ身としては、死んで詫びる
程度がせいぜいだろうか。
自殺したところで救われる者など、居る筈もないのに、である。
ならば、全てを滅ぼさんと暗躍するであろう、少年と言う神奈の端末を打倒するために拾った命を使うことの
方が罪滅ぼしになるというものだ。
不思議なことに、今や少年に対する憎しみは消えていた。
代わりと言っては何だが、恐怖が心臓に巻きついている。
そして、まともに戦って少年という存在にかなう筈のないことも、感じてはいる。
だが、それでも。
あの一撃は、間違いなく有効だったと信じていた。
狙撃し、位置を知られる前に移動し、再び狙撃することができれば、いつかは少年とて倒れる日が来るだろう。
一度は完全に諦めた少年の打倒を支えるのは、この武器無くしてあり得ない。
さっそく木に登り、スコープで周囲を見渡す。
少年が発見できればいいのだが、他の参加者に見つからないようにするのも重要だ。
ひたすら影に隠れながら、ときおり周囲を警戒しつつ、フランクは少年の姿を求める。
二、三度参加者とおぼしき声が聞こえたが、すべてやり過ごすことができた。
しかし、目指す少年の行方は、まるで解らない。
張り詰めた神経が、疲労に繋がり始めた頃、ようやくフランクにも運が向いてきたのだ。
『おーーーーーーーーい』
『ここだよ!ここーーー!』
風に乗って、遠くから声が聞こえる。
また参加者に遭遇してしまうところだったか、そう考え冷や汗をかきながらスコープを風上に向ける。
すう、と鉄塔に照準を合わせると、やはり頂上に参加者二人の人影があった。
-----いや、途中にもう一人。
あわせた照準を、つつつ、と戻していく。
心臓の高鳴りは、恐怖との再戦を意識してなのか、理想的な情況での発見に高揚しているのか。
ぴたり、と止めたスコープの中央に、黒い人影が入っていた。
(……よし)
だが、ここから少年まで、及び鉄塔までの距離は、確実な狙撃を期待するには遠すぎる。
しかもこの森を抜ければ、隠れるところもない。
(…待つ、ことだ)
自分に言い聞かせるように珍しく声に出したあと、フランクは目を瞑り、再び気配を完全に殺した。
猛獣に挑む狩人に必要なものは、技能と、冷静さに他ならない。
そうして改めて考えれば、自分を見失っていた先ほどの戦闘で、結果が出なかったのは当然なのだ。
再び静かに目を開いた時。
鼓動は常と変わらぬ平静さを保っていた。
どのような形であれ、少年を打倒することが出来さえすれば。
もはや死んでも、悔いはない。
両手に構えた銃を天に向け、静謐な空気に溶け込むフランクの姿は、まるで祈るようでもあった。