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侵食、『痛み』


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「大丈夫?郁未さん」
私、観鈴の問いに郁未さんは、軽くうなずく。
でも、すごく痛そう。ひどいケガだもん。普通だったら、歩く事だって出来ないと思う。
でも、郁未さんの足取りはしっかりとしていて、視線も口調もしっかりしていて。
すごいな、って思う。私だったら、絶対くじけてる。
私たちは今町にむかっていた。
郁美さんて言う人の初期武器が救急セットだったおかげで、応急処置だけは出来たんだけど、やっぱりそれだけじゃ足りないもん。もっとちゃんと治療しないと。
ほんとに、それぐらいひどいケガなんだよ、郁未さん。
私、心配になってもう一度声をかける。
「ねぇ…少し休んだほうがいいんじゃないかな?」
「必要ないわ」
郁未さんの声はそっけなくて、観鈴ちんちょっと落ち込み。
郁未さん、私のそんな様子に気付いたみたいで、
「本当に必要ないの。それに、早く落ち着ける場所を探したほうが安全だしね」
ほんのちょっぴり優しい声で、そう続けてくれた。
そういうときの、郁未さんの目は優しくて暖かい。
うん、郁未さん、いつもそんな目をしてくれてたらいいのにな。
でも、そういう目をしてくれるのはほんのちょっぴり。
すぐに、怖い目に戻ってしまう。
その目は何かをにらみつけるようで。何かに抵抗しているようで。
すごく強い視線なんだけど、その視線には、なんていうかな、余裕がないよ。
そう、それは綱渡りをいている最中、そんな視線。
表情は無表情なのに、目だけはぎらぎら光ってて、…正直、ちょっと怖い。

「郁未さん…」
「ん?」
「何か、思いつめてるのかな?」
「別に」
か、間髪入れない即答に、観鈴ちんびびり。
け、けど、ファイト。
「あの、郁未さんてとってもしっかりしていて、すごいと思う。だけどね、」
にははって笑ってみる。
「何か辛いことがあったりしたなら言って欲しいな。そしたら、楽になるかも」
「…辛いことね」
フッと一瞬だけ、郁未さんが笑ったような気がした。
「ほら、ケガだって痛いんだったら、頼って欲しいな。私のこと。観鈴ちん、結構頼りになるかも」
「…頼りになるの?」
が、がお。郁未さん視線が冷たいよ。
「な、ならないかな?やっぱり。でもね、なにか思いつめてることがあっったら、吐き出しちゃったほうがいいと思うんだ。お母さん、そう教えてくれたんだよ」
「お母さん…か」
けど、郁未さんは何かを嘲るようなの笑みを浮かべるだけだった。


実を言えば、この子が心配していることは的外れだった。
怪我はそれほどには『痛く』ない。
いや、この言い方には語弊がある。
痛覚はある。足を動かすたびにある感覚が情報として脳に伝達されている。
だが、それは辛くない。苦しくない。感覚に付随するはずの感情が極端に薄れてしまっている。
それは、ほとんどただの情報だ。
私が『痛み』にさほど邪魔されることなく歩けるのはそのおかげだった。
そして、私から消えようとしているのは感覚的な『痛み』だけではなかった。

観鈴から放送のこと、由依が死んだことを聞いたとき、私は泣くと思った。
泣くのをこらえなきゃいけないと反射的に思った。
…けどその必要はなかった。涙腺なんてまるで刺激されなかった。
悲しくなかったわけじゃない。けど、それは予想していたよりもずっと弱くて。
しかも、今やそのときの悲しみすら薄れてきてしまっている。
まるで、何かのお涙頂戴な映画を見た後。そんな感じ。

(ゴメン、由依)

本当にすまないと思う。でもそれが真実で。
晴香の事もそう。本当だったらもっと心配しなくちゃおかしいはずなのに。
水瀬秋子のことも放送に流れていたらしい。
あの時感じた彼女に対する怒りや憎しみも、もうどんなものか思い出せない。
そう。思い出せない。
水瀬秋子との戦いも、
どんな風に殺しあったかも
由依との出会いも、
どんな風に笑いあったかも、
もう思い出せない。
記憶は確かに残っている。だけどそのとき感じた感情は別の人間のもののようで。
消えていく、薄くなっていく、飲み込まれていく。
私が私であるためのものが消えていってしまう。
そして、その隙間に呪詛が流れてくる。
侵されてしまう。犯されてしまう。あいつが経験したように。
それが、侵食だった。


「辛いことね…」
だから、私は自嘲した。
あいにくだけどね。観鈴、私のそういう『痛み』は薄れていってしまうみたいだよ?
まだ、辛い。
お母さんのこと、あいつの事を考えるのはとっても辛い。
まだ、苦しい。
お母さんのこと、あいつのことを考えるのはとっても苦しい。
まだ、悲しい。
お母さんのこと、あいつのことを考えるのはとっても悲しい。
けれど、

―――――好都合じゃない。

『痛み』が消えてくれるなら。それは好都合だ。
『痛み』なんて戦いには邪魔なものだ。
呪詛ならば耐えられる。
さっきは負けてしまったけれど、戦う対象さえわかっていれば私はきっと耐えられる。
私は強いから、お母さんが言った通り私は強いから。
『痛み』なんていらない。感傷なんていらない。
私に必要なのは意志。戦うために必要な意志。

『だから、あなたを助けるわ。それが出来ないのなら、あなたを殺してあげる』

その約束を守るための意志。
このまま侵食が続けば、きっとあいつを、姫君を感じ取れるときが来るだろう。
今、この胸にある感応がもっとはっきりとしたものになるだろう。
そのときが勝負だ。
そのときまでは決してこの意志だけは消させない。

「なにか思いつめてることがあっったら、吐き出しちゃったほうがいいと思うんだ。お母さん、そう教えてくれたんだよ」
「お母さん…か」
私のお母さんはそんなことは言わなかった。
強くあるように。お母さんが私に願ったのはそういうこと。

―――――どうしてなんだろう?

ほんのちょっとだけ、どうしようもなく醜い感情が私の胸に突き刺さる。

―――――どうしてこの子は守ってもらえるんだろう?母親に、恋人に。
―――――どうして私は守ってもらえないんだろう?誰も、誰も。
―――――どうして、なんだろう?

それは、本当に醜い感情で、なのに、それなのに、
「ね?ダメかな?郁未さん」
「…大丈夫よ。観鈴。思いつめてなんてないってば。でも、ありがと」
なぜ、私は、この子に優しい言葉をかけているんだろう?

―――――『痛み』なんてなくなるはずなのに、
―――――どうしてこの子に癒されていると感じてしまうのだろう?


【郁未&観鈴、救急セット、ベネリM3、G3A3アサルトライフル等フランクの荷物
 の荷物、少年の荷物、自分の荷物所持】

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