微笑と嘲笑
開いた窓から吹き込む風が、おざなりな掃除を咎めるように埃を巻き上げる。
空気が入れ替わり差し込む光が明るく、暖かい。
放送室は、今までと同じものとは思えないほど希望に満ちていた。
マイクの前に立つ蝉丸に、ぶらさがるように月代が抱きついている。
「(・∀・)蝉丸、ドキドキするね!」
「うむ。
これが生き残った者たちの、脱出へのきっかけとなる事を祈るばかりだがな」
遅れて入ってきた少年が、部屋の荒れ様に少々驚く。
「これは・・…凄い有り様だったのだね」
「(・∀・)うん、たーいへんだったんだよ!」
「しかも、お互い機械には疎くてな…難儀したよ」
成功者のみが持ち得る達成感を胸に、苦労話など漏らしてみる二人。
「仲間で機械に詳しい人物はいなかったのかい?」
月代の誇張に満ち満ちた大冒険を片耳に任せて、少年は蝉丸に話を振る。
「居る事には居たのだが…放送することで居場所は知れてしまうため、死の危険を呼び込むことにもなりかねん。
もしもの時、俺の死を知らせるために月代に同行してもらったのだ」
大真面目に答える蝉丸。
(…ふうん、なるほどね…)
少年は意外に思いながらも、蝉丸と月代の関係を修正した。
そして、心に秘めていた計画も修正する。
(…思ったより、楽かもしれないね)
蝉丸という人物から受ける印象は、有能さに裏付けられた人間的迫力の強さだ。
だが、もしも。
この少女を失った時、心の動揺はいかばかりだろうか。
以前遭ったときは、そうした効果は期待できない程度の関係だったように感じた。
-----もちろん少年自身が、そんな効果を求めてもいなかったのだが-----今は違うと見た。
一方的な庇護ではなく、互いの間に信頼が成立しているようだった。
「…あそこに…端っこだけだけれど…見えるのが、学校なんだ。
ホラあそこ。解るかい?」
開けた窓の隅に、特有の白く巨大な建物が見える。
ベランダが無く、規則的に大きく窓が開いているのが見て取れる。
「なるほど、たしかに市街地からなら、山側を見て左だな」
蝉丸がスピーチに含める時のために、簡潔にまとめる。
「それで放送が終わったら、どうするんだい?」
少年はいつもの調子を崩さず、何気なく尋ねる。
「(・∀・)終わったらって?学校、行くんじゃないの?」
「無論、学校へ向かう」
二人同時に答える。
聞いた少年は、思わず心の中で苦笑した。
(…これほど共鳴しているとはね)
「街中に居るという君たちの仲間には、小学校に集まることにした訳を説明に行かないのかい?
君たちを知ってる人であるほど、集合場所を小学校へしたことを不審に思うかもしれない。
少なくとも僕なら、どうして君たちから小学校という発想が出てきたのかを、疑うね」
「(・∀・)…あ」
「む」
またも二人で答える。
心の中の笑いを収めず、少年は畳み掛ける。
「方向が違うから寄り道するのは効率が悪いし、学校を偵察する必要があるかもしれない。
最初の予定通り、月代さんにメッセンジャーをやってもらっても構わないとは思うけど…一人は危険かもしれないよ」
「うむ……確かに、そうだが…」
蝉丸が言い澱む。
先のことを考えれば、この反応は当然なのだ。
地下施設の時も蝉丸は慎重だったし、少年の事を気にかけていたから。
「大丈夫、僕は一人で学校を偵察するよ」
最後の一押し。
いつもの微笑を浮かべて、そう言いきる。
(ちょっとした、賭けだね)
失敗したら、放送直後に背後から蝉丸を襲うしかない。
成功すれば…二人同時に相手にする必要がなくなる。
(さあ、どうするかな?)
しばしの沈黙ののち、蝉丸が意を決して口を開く。
「いや…いつも君だけに危険な役を任せるわけにはいかない。
君だってずいぶん傷ついているじゃないか」
「うん?これかい?
…少々、無理もしたからね。
これくらいは、必要経費というものだよ」
(我ながら…しらじらしいね。
もともとの僕が、こういう口調で助かったよ)
成功を確信しながらも、少年は肩をすくめながら返答する。
「今度は、俺が行こう」
蝉丸は決定を印象付けるように、はっきりと言った。
…この答えは、少年の予想通りでもあったのだが。
「(・∀・)え!?
でもでも、みんなは、彼のこと知らないよ?」
ちょっと寂しそうに、控えめな不満を漏らす月代。
「いや月代、お前も彼と一緒に行ってもらう。
…少年、月代を頼めるか?」
「(・∀・)ええー!?」
蝉丸としても、月代と別れたくはない。
だが心構えとして心に留めている自らへの厳しさが、そうした甘えを許さなかった。
自分に。
そして今は-----月代にも。
外に微笑を絶やさず。
内に嘲笑を含んで。
少年は答える。
「ええ-----こう見えても、腕には自信がありますから-----」