日々。


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「耕一さん」
思わず呼びかけてしまったのは――何故だろう。
自分たちには時間がない。大切な人を早く探さなければならないのに。
それは、きっと――彼の様子が、以前見た時とまったく違う、そんな印象を醸し出していたからだろう。
「――郁未、ちゃん?」
振り返った耕一の顔は、確かに耕一の顔なのに、まるで違う生物が耕一の顔をしているかのように感じてしまう。
右手には銃。左手にはナイフ。そして、ぐるぐる巻きにされた、包帯。
まったく、どうしようもなくグルグルだ。ミイラ男。聖水をかけたら一撃死しそうな程だ。
え? 聖水? あはは、勿論ここで言う聖水って言うのは……って、ゲフンゲフン。
ごめんなさい、女の子が妄りに口にして良い言葉じゃなかったわ。

そんな私の思考はともかく、その様子は、今から自分は殺し合いをしにいくのだ、と言っているようなものだった。
観鈴の手の震えが、私にも伝播する。――怖い。
初めて、彼の事を怖いと思う。あの頃は、割とのほほんとしていたから。
「本当に久し振りだな――元気だったか? ……なんて話してる時間もない、残念だが。
 ちょいと急いでるんだ――生きてたら、また会おう」
再会を喜ぶ時間もない、というのはこちらも同じだ。
なのに、わたしは彼を止めようとする。
「耕一さん。あなた」
「大丈夫。俺は大丈夫だ」
見透かすように、耕一は微笑んで呟いた。
「俺の頭も身体も、正常そのものだ。殺し合いなんてするつもりもない。けれど、やらなくちゃいけない事はあるわけでな」
じゃあ、先を急ぐから耕一は言って、また歩き始める。
先を急ぐのは自分達もだが――。

「待って」
「待てない」
強情に云う耕一は、自分の言葉を聞こうともしない。
――何故、自分はこれほどに彼を止めることに執着するのだろう?
それは。

彼が――少なくとも、自分とそれなりの時間を共有した友達が。
死ぬかもしれない。そんな予感に晒されたからだろうか。
だが、私はそんな不安を振り切るように言う。
大丈夫だ、そんな簡単に死ぬような男じゃない。
「取り敢えず言わせて。前はごめんなさい、勝手に一人で行動して」
「その事なら、郁未が無事だったわけだし、もう良いよ。大変だっただろ、あれから」
耕一は微笑んで、そしてやはりすぐに歩き出そうとする。
「待ってよ」
「待たない。本当に時間が無いんだ」

「――良いわ。じゃあ、一つ聞きたいことがあるのよ。人を探してる」
私は諦めて、息を吐いた。
「高校生かそれより少し上くらいの男の子と、若い女の人、見なかった?」
「お、お母さんを探してるんです」
後ろにいる観鈴も、声を震わせながら、懸命にそう尋ねる。
耕一は一つ息を吐いて、答えた。
「――そんな少年は、最近は見てない。けど女の人ならさっき会ったよ。この先の喫茶店にいる。素敵な人だ。
 その人は、娘さんを亡くしたって言っていた。――君の探し人と同じ人かは判らないけど」
そう言って、すぐに耕一は歩き出す。
他人の事に構っている暇はない、とでも言いたげに。
「え、あの」
「耕一さんっ」

二人の呼びかけにも答えようとしないで行こうとするその目は、あまりに強い。
傷ついている身体の割には、あまりに早い足だった。
「それじゃあ、また何処かで会うことが出来たら」
そんな声を残して、森の影に消えてしまった。

どうか、自分の予感が外れているように。

「――取り敢えず、行ってみようか、喫茶店」
私は、呆然とした表情の観鈴に提案した。
「――うん」
彼女の手を引く。
見知らぬ人と出会って、震えている手。彼女はなんと弱いのだろうと、改めて思う。
その女の人は晴子さんで、観鈴が死んだと思い込んでいるのかもしれない。
ならば、今はその二人を合わせることが、何より重要だ。取り敢えずはそれからだ。
耕一のことは考えないようにしよう。
それから――自分の大切な人を、探しに行こう。
そう考えているのに、どうしてこれほどに気が懸かる。

それは、私の中に――彼と過ごした少なからずの日々が、思い出があったからかもしれない。
彼と出会えて本当に良かった、という、そんな思考が頭を支配する。
楽しかった。彼といて、本当に救われた。
きっとこれが最後になる。確信はない、ただの直感だけど――
私は、泣いていた。また一人、友達を失う悲しみを抱いて。

そして、その耕一もまた――友達の為に、戦おうとしている事など、私には知る由も無かった。


【柏木耕一  すぐに二人と別れ、街へ。葉子さんの事は言い忘れ。
 郁未・観鈴 取り敢えず喫茶店へ向かう】

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