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切り裂く閃光


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林を抜け、風を抜き、階段を駆け上る。
踏み潰す草の音が、鉄の硬い音に変わる。そこは五階建てのビルディング。
まだ建設中の体裁を取った、赤い鉄骨の塔を、息も絶え絶え登っていく。
フランクの濃い髭に汗が吸い込まれ、そして喉から流れていく。
アイスコーヒーなど馬鹿が飲む物だ、と常々心の底では考えていたが、今なら悪くない。
髭が無くては夏でも寒くてたまらないと思っていたが、剃ってみるのもいいかもしれない。
まるで関係ないことを考えながらも、この建物を選んだのは訳がある。

周囲で最も高く見晴らしが利き、壁が無いために物影でなければ、どこでも狙撃できる。
三階まで上がったところで、ようやく視界が確保できた。
あの「声」の方向を聞き誤ったのでなければ、ここから見える範囲で少年は事を起こしたに違いない。

(----……!?)
少し頭を巡らすと、ライフルを構えるまでも無く、およそ100mの距離に標的を見つけた。
想像以上に、近い。だが少年と対峙する男が邪魔で、狙撃は困難だ。
スコープを覗く。やはり命中角度は狭い。外せば、男に当たるだろう。
いや、当てたとしても----前は意識してそれを狙ったが----。

フランクは、微動だにせず考え続ける。
…芹香たちの到着を待てば、動きがあるかもしれない。
しかし少年にやられたのか、男は既に右腕から派手に血を流し、左手に銃を構えている。
…一発外して、無理矢理動かしてみるか?
いや、履き違えるな。あの男を救う事が目的ではない。少年を殺すことこそが、最重要だ。
大局的に、あの男を見捨てても、他の参加者を救う事になる。

 …迷うことは、無い。
 あの男に当たろうが、外れようが同じこと。
 要は、少年に当てることだけを考えればいい。

意を決すると、そこからは早かった。
そのまま両手をいつもの位置に据える。軽く息を吸い、少しだけ吐く。
吸気を幾らか残したまま、息を止めて微調整。
風を感じながら、軌道をイメージする。

 ぴたり、と動きを止めて一秒。
 そしてフランクは、引き金を絞った。


無人の街、偽りの建物の間を少女が駆けて行く。
時々痛みに怯みながらも、かなりの速さで移動していた。
脚を引き摺りながら、郁未は走る。声が近い。
大きなホールの脇を抜け、その角を曲がったあたりに少年は居るだろう、そう予測して窓を覗き込む。

(……いた!)
しかし方向も距離も、予想外だった。ホールのちょうど反対側。部屋を挟んで、窓の向こう。
少年は、いつもと変わらぬ笑みを浮かべて立っていた。誰に話しかけているのかは判らない。
声が近く感じたのは、ホールの共鳴のせい。少女の姿はなく、既に倒れているのならば窓枠より下にいるのだろうと思った。

『何故だ!彼女が、月代が!一体何をしたというのだ!』
『…何を、と僕に聞くのかい?』

(ん、もう!)
情況が解らない。その上、思ったより遠い。苛立たしさに地団駄を踏みたくなるが、今はそれどころではない。
ただ、走る。そのまま直進し、角を曲がる。
数十メートルを駆け抜け、再び角を曲がれば少年と正対する事になる。
心臓が悲鳴をあげる。それは運動による要求なのか、心にかかる重圧によるものなのか、考えている暇もない。

『そうだね、何もしてないんじゃないかな?』
『き…貴様っ!』
『強いていえば、あなたという実力者の行動を妨げた、というところかな』

…相変わらず、耳に痛いことも平気で口にする。きっと、あの微笑を浮かべたままだろう。
あの笑顔を思い出すだけで、脚の痛みがぶり返す。
郁未は顔をしかめて、痛覚を抑えた。
減速しようとする脚を、意志の力で鞭打ち、更に駆ける。

ようやく角を曲がった、その瞬間。

 右から、左へ。
 閃光が郁未の目の前を切り裂いていった。


紙切れを一枚持って、少年は遠くを見るような目つきで口を開いた。
発する言葉は、自分を語るものでありながら他人事のような、奇妙な台詞。
「僕という少年は、死力を尽くして戦いました。
 その間、あなた達は何をしていたんだい?」
「くっ……」
もちろん、蝉丸とて遊んでいたわけではない。
主催者側の老人と拳を交え、少女のような機械を相手に危うく命を落としそうにさえなった。
しかし仲間を集めることを第一に考え、安全性を優先したのも事実だ。
(だからと言って、何故今になって…!?)
月代を失った怒りと、少年の豹変振りに、蝉丸は混乱し何も言い出せなかった。

 一瞬の、無音。
 それを待っていたかのように。

 閃光が貫いた。



郁未は光の筋を追って、しかし遥かに遅れて、視線を左に流していた。
50mほど向こうで、少年と男が同時に吹き飛ぶ。
二人の間に少女が倒れている。
何があったのか、まるで解らない。

郁未は凍りついていた。
駆け寄ろうとして、やはり足を止める。
少年がうめき、転がっているのが見えた。もう一人の男は、そのまま。
郁未は反射的に反対側を振り向き、遠くを見た。

 少年と、自分を結ぶ線の延長上。
 そこに、あの時の髭の男が居た。


「あいつ…!」
----思えば、あの状態にそっくりだ。
一発の銃声が聞こえ、やはり少年が倒れ、同時にもう一人が倒れる。そして髭の男がいた。
全く、同じだった。頭に血が上り、殺意がみなぎる。
「…許せない!」
再び素早く振り返ると、少年がゆらりと立ち上がり、物陰に隠れたのが見える。
少なくとも、少年は無事なようだ。
それだけ確認して、髭の男に視線を移す。
男はビルを降りている。耳を澄ませば、鉄筋の音が聞こえる。

あんな男に、少年を殺させるわけにはいかない。
ショットガンを手に、殺意を胸に----全ての引き金を引いたのは、あの男ではないだろうか----そんな確信を抱いて、郁未は駆け出していた。


(なるほど、さっきのは…こういう事だったのだね)
少年は左肩の激痛に怯みながら、どうにか射線から身を隠した。
骨が砕けたかもしれないな、と考えながら蝉丸を見る。
倒れたまま、ずるずるとこちらへ近付いて来ていた。
「…聞こえているかい?」
荒い息のまま壁に身を任せて、なんとか声を出し、尋ねる。
「ぐ……」
蝉丸の意識はあるのだろうか。うつ伏せのまま、胸を抑えて片肘で這っている。
出血も酷く、長くはないかもしれない。

「…つまらない愚痴をこぼしてしまって、済まなかったね。
 だけど、もっと早くに全ての決着がついていれば…」
そう言って右腕を上げる。手には偽典の1ページ。

 「僕もこんな事はしていなかった、と思うんだよ」

 腕を、振り降ろす。
 そして紙片は、吸い込まれるように。
 蝉丸の首をかすめて地面にすとん、と突き立った。

 …最期にひゅう、と耳障りな音がした。

蝉丸は、何か話そうとしたのかもしれない。
だが首から抜ける空気の音は、既に言葉ではなく。
人には意味の聞き取れない、風の音だった。

降ろした腕を前方に向けたまま、少年は蝉丸を見ていた。
「なるほど、僕を見ていたわけでは、無かったのだね-----」
少年は目を閉じて、そう呟くと蝉丸の銃を拾い、よろめきながら街の暗がりへ身を隠したのだった。


「急げよ、芹香!」
銃声に反応し、往人は更に速度を上げた。
恐ろしい速さで駆けて行く男を追うには、芹香の脚が遅すぎたのだ。
事ここに至っては、芹香に合わせて走るわけにもいかない。
「俺は先に行く!」
そう言って、全速で駆け出す。
角を曲がった瞬間、何かをパキンと踏み潰し、驚いて立ち止まる。
「…なんだ、こりゃ?」
踏み潰した物体は、おどけた仮面のような破片だった。
拍子抜けして、ふと視線を流したところに-----それは、あった。

僅かの時間に、大きく引き離された芹香は、大慌てで角を曲がる。
曲がってすぐのところに、往人が立ち尽くしていた。
「待ってよ往人…きゃっ!?
 何よ、いきなり立ち止まるんじゃ-----」

 二人がそこに到着した時には。
 手を重ねて眠る、二つの死体があるのみだった。

背後に光る、二つの瞳の存在に、二人は気が付いていなかった。


【坂神蝉丸 死亡】
【残り20人】

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