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道化


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赤色灯と警戒音が充満する中。飛空艇の乗組員は緊張と焦燥を抱えて走り回る。

「長瀬老はどうした!?」
「それが、お部屋にこもったまま、ご返事も返されぬ様子で!!」
「ならば捨て置け!! もともと俺は、この話には乗りたくなかったんだ!!」
「しかし!!」
「ええい、そんなことよりも自分の命を心配したらどうだ!!」
「駄目です! どの脱出口も火が回っていて、パラシュートが!!」
「馬鹿な!! どこか無事なところがあるはずだ!! 俺はこんなところで死なん!  死んでたまるか!!」

そして、手近にあったドアを開けた瞬間。猛り狂った炎の精霊の舌が彼らを舐め回し、あとには何も残らなかった。


飛空艇は炎を身にまといながら、徐々に高度を落としている。
この飛空艇は上部にヘリウムが詰まった気嚢で浮力を得ている、いわば飛行船の小型なものである。
安全性で言えば、飛行船が空を飛ぶ乗り物では一番である。
だが、飛行船というとヒンデンブルグ号の大惨事を思い浮かべる人もいるかもしれない。
あの事故はヘリウムが手に入らなかったために水素を使っていたために引火し爆発をしたのである。
現在の飛行船は例外なく不燃のヘリウムが使われているために、あのようなことが再発することはまずありえない。
もっとも、この船は源之助の魔法と結界の影響で電気系統に狂いが生じ、監視装置や防火設備が作動しないまま火災が発生、延焼している。つまり、通常ではあり得ない事故である。


「長瀬老のご様子は!?」
「意識ありません! おそらく爆発のショックで大量の失血です」
「クッ、艇内はどうなっている!」
「機関室で爆発! 第三艦橋大破!!」
「機関室近辺の隔壁を閉め、防火装置を作動させろ!」
「了解!」
「無線はどうなっている!」
「だめです。発信はできますが、受信できません!」
女性オペレータの悲鳴のような報告と船長の怒声がブリッジの中を行き交っている。

整備班から報告です。……えっ!」
「どうした!?」
「おやっさんが……、いえ、整備班長が死にました……」
「……」
「作動しなかった給油装置を手動で止めにいったそうです、それで……」
「……そうか」
この船の整備を統轄する班長を乗組員は親しみを込めて、おやっさんと呼んでいた。
寡黙な職人気質だが面倒見がよく、整備班だけでなくすべての人に慕われていた。
そして、この船のことを一番に愛していたのは彼だったのかもしれない。この船に殉じたことはおやっさんらしい、とこの場にいる全員が思った。
「船長! 乗組員の一部に混乱が生じています! ご指示を!」
しばしの熟考の後、船長は遂に苦渋の選択を下した。
「総員、退艦!」
「はっ」
「巡視艇に打電。操舵不能。パラシュートによる脱出を試みる」
「了解」
船を放棄することはそれを統轄するものにとって、最大の屈辱である。
そしてなにより、おやっさんが命懸けで守ったこの船を捨てたくはなかった。
しかし、船長は乗組員の命を預かる者だ。彼らに対する責任は重い。
これ以上の死者を出すことの方が、彼に対する裏切りになってしまうだろう。
「副長、君は生存者を捜して脱出してくれ」
「ですが、船長は?」
「私は、この船に残る。万が一、島にこれが落ちたら大変なことになる」
島にはまだ哀れな参加者がいる。森が多いこの島に火の固まりとなったこの船が落ちれば……。
「しかし、舵はもう……」
「まだ、方法はある。だが、もし駄目だった場合確実に死ぬんだ。おまえたちを道連れにすることはできない」
それは嘘だった。もはや、この船の墜ちる先は神にしかわからない。
船長は死ぬ気であった。彼にはもう、なにも残されてはいない。妻も子供も皆、あの島で散っていった。
「そんな。私も残ります!」
オペレーターの声にブリッジクルーから次々に同意の声があがる。
そんな彼らの存在を船長は嬉しく思った。しかし、実際に出た言葉は違った。
「馬鹿者ッ! おまえたちにはやることがある!!」
そして、そこにいるすべての者の顔を見わたす。
「長瀬老は倒れた。だから、プログラムは中止させる」
船長の言葉に一同は驚愕する。

それもそのはずだ。実際に一介の船長でしかない彼にその権限はない。
だが、『長瀬』がいなくなれば積極的にこのプログラムを進めようと思う者はいなくなる。金銭で仕事をしている者はパトロンがいなくなったことを知れば職務を放棄するだろう。
それに、本人もしくは親類をプログラムに参加させると言われて仕方なく管理者になった者も多い。
オペレータの彼女は親が残した多額の借金を返済するために仕方なく参加した。
もう、自分は汚れているからと、悲しく微笑みながら。
副長は妻と子を守るために、誰にも言わず人殺しの手伝いをしている。
たとえ、家族に駄目親父と罵倒されていても。
他にも多かれ少なかれ理由があって彼らは管理者となっている。その人々を糾合すれば、この馬鹿げたゲームを終わらせることが出来るかもしれない。

「わかりました」
そう言ったのは船長の右腕といえる副長だった。
「必ずや、このプログラムを終わらせます」
最も船長を尊敬している彼がそう答えれば他の者も是非はない。駄々っ子のようにごねても時間を浪費するだけである。
「うむ、よろしく頼むぞ」
胸にこみ上げるものを堪えながら、船長は絞り出すようにそう言って再び全員の顔を見渡す。
そして、誰ともなく手を差し出して、やがてクルー全員ががっちり手を合わせて決意を固めた。
だが、
「脱出されるのは一向に構いませんが、プログラムを止められるのは」
入り口から聞こえた声が、その場にいた全員に冷水を浴びせた。
「ちと、困りますな」
その言葉と共に入ってきたのは長瀬源之助であった。
足元はふらつき、口の端から血を流し顔色は悪い。だが、その威圧感はブリッジにいた全員を萎縮させた。
「そ、そんな……」
先ほど長瀬の様子を見に行ったクルーが青ざめた顔で呟く。
意識がなかったのは念話をしていたからだということは、さすがにわからない。

緊迫した空気の中、一人の男が腰のホルダーから拳銃を取り出す。
「だが、あなたが死ねばプログラムは終わる。いや、終わらせる!」
そう言って銃を源之助に向けたのは副長であった。普段は見せることのない感情を露わにして。
オペレーターも銃口を振るわせながらも銃を構える。以前に人殺しの道具なんて持ちたくないと言っていたのに。
他のクルーもそれに倣う。怯えた砲列が一人の死にかけた老人に向けられる。
だが、源之助はそれらを意に介さず、無感動に眺めて軽く首を振る。
「やめ!……」
そして、一人銃を取らなかった船長がなにごとか叫んだときだった。
風船が破裂したような音がいくつも鳴った。

いや、現に彼らは破裂した。

源之助は懐から小さい機械を取り出し、それをもてあそぶ。
それは、スイッチ。付近にある小型爆弾を作動させるためのスイッチ。
結局、彼は誰も信用していなかった。ただ、利用するだけで。
旧知の青年も。故郷から来た少女も。
自らの手駒も。
「終わらせるわけには、いかないのだよ、神奈」
源之助はコンソールパネルに何事か命令を入力した。

【疑似人格 G.N.実行】

それは源五郎が作ったメイドロボの疑似人格の応用である。
『長瀬』が全滅したときに残りの管理者が職務を放棄しないよう、あらかじめプログラムされた指示を彼らに流す。
そして、あたかも生きているかのように、生者たちに戦いを強要する。

飛空挺は島の北西に着水に成功する。船長の遺志が通じたのだろうか。
そのとき、床に倒れ伏す源之介が着ていたのは朱に染められた羽織だった。
それが己の朱なのか、他人の朱なのか、もはや誰にも分からない。
そして彼は、最期の仕上げのために彼は飛空艇の通路を這いつくばって進んでいた。
わずか、数十メートルだが、失った体力では何十倍もの長さに感じられる。
多くの人々に与えた苦しみに比べれば、明らかに安易な道のりだが。
何度も意識を失いそうになりながらも、やがて、通路が途切れ、海が見える所に着いた。

海は変わりなく、青く。
雲は変わりなく、白かった。
彼がこの世界に初めて来たときと、変わりなく。

源之助はそこら辺に落ちていた金属の破片を懐に入れると。
「道化、だな……」
そう呟くと、長瀬源之助は海に飛び込んだ。
そして、二度と浮かんでくることはなかった。


【長瀬源之助 入水】

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