観鈴の決断、北川の迷い
「…どうしよう…」
見る見る遠くなっていく郁未さんの背を見ながら私はつぶやいた。
ちらっと後ろを見る。
耕一さんの教えてくれた喫茶店はすぐそこだ。
まだ決まった訳じゃないけど、きっとお母さんにすぐあえる。
けど、だけど。
それでいいの?
観鈴ちん、それでいいの?
郁未さんは私に言った。
お母さんの事は大事にしないとだめって。
お母さんといられる事はとてもすばらしい事だって。
とっても優しくてそして悲しい顔でそういった。
それは正しいと思うんだけど、でも私その時気づいてしまって。
もしかしたらって思ってたけど、
放送で呼ばれた天沢未夜子さんは郁未さんのお母さんだって事に、
郁未さんのお母さんはこの島で死んでしまったという事に、私は気づいてしまって。
あさひちゃんの事、思い出す。
この島で出来たお友達のこと思い出す。私の前で死んでしまって、私何もできなくて。
智子さんもお母さんも必死に戦っているのに、私突っ立っているだけで。
そんな私だから、往人さんなにも言ってくれなくて。
きっと何かのため人を殺してしまったのだろう、何かとても重いもの背負っているようなのに、
観鈴ちんにはなにひとつ言ってくれなくて。
茜さんの時も私何もできなくて。
私、もっとしっかりしてたらあんなことにならなかったかもしれなくて。
お父さんも、あさひちゃんを守るために戦ったのに、
私だけ、私だけどうしようもなくて。
お母さんの事思い出す。
「もう大丈夫や、観鈴。うちはずっと、あんたと一緒や……」
そう言ってくれたお母さんの事思い出す。
安心させてあげたい。
顔を見せてあげたい。
抱きしめて欲しい。
抱きしめてあげたい。
今すぐ、会いたい。
お母さん、お母さん、お母さんお母さんお母さんお母さんお母さん・・…・
決めなくちゃならない。今、すぐに。もう、郁未さんの背中は随分小さくなってしまっている。
このままじゃ見失っちゃう。
「ごめんなさい…!!」
喫茶店の方むいて、私叫んだ。
「今すぐ会いたいけど、でもお母さんに会うと、私、弱くなっちゃう…!!」
ここから、声なんて届くかなんて分からないけど、私叫んだ。
「お母さんに会ったら私、きっと甘えちゃう!!きっと安心して、お母さんから離れたくなくなっちゃって、もう…戦う事なんてできなくなる…!!」
鳴咽とともに、声を嗄らして叫んだ。
「もう…いやなの…それだけは…いやなの…友達が…危ないの…あさひちゃんのときのようなの…もういやなの…だから…!!」
郁未さんが友達なんて私の一方的な思いかもしれないけど。
私、郁未さんの方に振り向いて、
「ごめんなさい…ごめんなさい…ごめんなさいごめんなさいごめんなさい…!!」
そう叫びながら走りはじめた。
「郁未さん、待って!!待ってよ!!」
前を走る郁未さんに私必死で呼びかける。
けれど、距離がありすぎて。私が迷ってしまった分の距離が開いてしまって。
精神感応に集中しているせいなのかもしれないけど、郁未さんちっとも気づいてくれない。
「待って、待って…」
私、もういきがきれてしまって。
どうしてだろう。怪我しているのに郁未さんの方が足が速い。
このままじゃ見失っちゃうよ。
そう思ったとたんに、わたしは転んでしまった。
「が…お…」
痛い、痛いよ。走っていて転んだだけなのにとても痛いよ。
「見失っちゃう…立たなくちゃ」
でも、そう言っている間にも、郁未さんはずっと先に言ってしまって、ついに視界から消えてしまった。
「うっぐ…うう…」
痛くて、立てなくて、私泣いてしまって。
…情けないよ…
郁未さんはあんな怪我でがんばっているのに。
情けなくて、どうしても涙が出るのを止められなくて。
郁未さんにはもう、こんな痛みすらなくなってしまっているというのに。
どうして、私は…
だから、私立ち上がろうとして、
そこで急に肩を貸してもらった。
「大丈夫かよ!?あんた!?」
そんな言葉と共に。
ちわーす。目的のためなら仲間も見捨てるニヒルなナイスガイ、北川潤でーす。
皆さんお久しぶり!!ほんと久しぶり!!
はい?
こんなところで何してるのかって?施設に行ったんじゃなかったのか?ですか。
ああ、はい、行こうとはしたんだけどね。ほら放送かかったじゃん?
あの蝉丸さんて人の。
いや、直接会った事はないけどさ、一応初音ちゃん達からその名前は聞いていた訳だし、
ま、療養所の事言いに行ってもいいんじゃないかとか思った訳ですよ。
一応はきにしてるんだぜ?
療養所の連中、見捨てた事。
で、ちょっと回り道になるけど顔ぐらい見せに行くか、とか思ってちんたら歩いてたら。
なんか目の前でずっこけられた訳。
思いっきり全速力で頭からズシャーと。
なんかその女の子必死に立ち上がろうとしてたけど、ありゃ痛いでしょ。下コンクリートだし。
で、思わず肩を貸してしまった訳ですよ。
ん?ああ、はいはい。そりゃごもっとも。
銃持ってる知らないやつに手を貸すなんて愚の骨頂。
いきなり撃たれても文句言えないですな。
状況分かってんのかっていわれても仕方がない。
だいたい、こんなことしている場合じゃないだろって?
まあ、そうなんですけどね。俺、なんかCDとかレアアイテム持っているらしいし。
さっさと施設にでも行けって感じだよな。そのために仲間とか見捨てちゃった訳だしさ。
それで、こんなとこで女の子に声かけるなんて、たいしたナンパ君ですよ。
ほんとに全く御説ごもっとも!!
けどさ、まああれですよ。あれって言うかなんて言うか。つまるところまああれで。
…レミィに似てるんだよ、畜生。
反則だぜ、おい。
レミィに、数時間前に死に別れた好きな子に似てる子が、
苦しそうな声あげて、立ち上がろうとして。
…畜生。反則だろうが。そんなの。
「 大丈夫かよ!?あんた!?」
だから、俺はそう言って手を貸してしまう。
「えっ…!?」
その子は、やっぱり驚いたみたいだな。それでも、その子はすぐ笑顔をこっちに向ける。
「う、うん、大丈夫。にはは」
その子は結構かわいい子で(レミィに似てるんだから当然だよな)、
そんな子に笑いかけられたら、普通喜ぶ所なんだろうな。
普段だったら俺も小躍りどころかランバダにリンボーダンスをはしごするぞ。
けどさ、やっぱ辛い。
レミィの顔で、レミィとは違う声で笑いかけられるのはやっぱ辛い。
「そうかよ。そりゃよかったな」
そんな訳で俺はついそっけない声を出してしまう。
「うん、平気。観鈴ちん強い子」
…観鈴だと?
その名前には聞き覚えがあった。
たしか、国崎さんがそういう名前の子を探していたはずだ。
「おい、今あんたなんて…」
ターンッ
だが、そこでそういう音が鳴り響いた。銃声だ。
「…クッ!?」
俺はその子、観鈴を引っ張って身を隠そうとしたが、手を振り払われてしまう。
「行かなくちゃ、私」
「おい、そっちは銃声がした方だぞ!?」
軽くびっこをひいて、観鈴はいこうとする。その膝は擦り剥いて血が流れてきている。
「うん、だから私行かなくちゃ。あそこには友達がいて、管理者の人と戦おうとしていて。私、助けなくちゃいけなくて」
管理者って。さっきの放送に管理者側が何かやらかそうとしたのか?
「…見失ちゃったから、探さないと。ありがと、助けてくれて」
そういっているうちに、もう一発銃声。
「待てよ!!おい、ちょっと…!?」
バアアアアアゥゥゥッッッッッッン
今度は爆発かよ!? 何が起きてるんだ!?
やばくないか!?
観鈴も驚いたようだが、黒煙が上がった方へ歩いていく。
そこまではまだちょっと距離があるようだが…
どうする? どうしたらいい?
相当あそこはヤバイ事になっているみたいだ。
そんなところにこんな女の子を一人でいかせちまっていいのか?
どう見たってこの子戦いなれてなんていない。銃を持つ手もおぼつかない。
そんな女の子をいかせてしまっていいのか?
じゃあ、何か?俺もあそこまでいけってのか。
ほとんど見ず知らずなこの子のために修羅場に飛び込めってのか?
命はもちろん惜しい、そんなことは恥ずべき事じゃない。
命をかけることがかっこいいだなんてこれっぽっちも思えない。
でも、それだけじゃない。責任の問題もある。
何のために療養所の連中を見捨てた?
おそらく切り札であるCDを危険にさらす事のないように。そのためだ。
そういう理由で小学生の女の子に説得させられた。
確かに、危険な事はさけるべきだ。今俺が持っているアイテム、情報は貴重すぎる。
それなのに危険に飛び込むのか?
それとも…いっそのこと力づくで引き止めるか?
そんなことができるのか?
こんなに必死に前に行こうとしている子なのに?
それでも、この子の安全のためにはそうするべきなのか?
畜生。
畜生、畜生、畜生。
畜生畜生畜生畜生畜生畜生畜生畜生畜生
畜生畜生畜生畜生畜生畜生畜生畜生畜生畜生畜生
畜生畜生畜生畜生畜生畜生畜生畜生畜生畜生畜生畜生…!!
どうすりゃいいんだよ、俺はぁっ!!
【北川潤
デザートイーグル、ノートパソコン、CD無印、CD2/4、CD1/4所持】
【神尾観鈴 G3A3アサルトライフル、少年の荷物、自分の荷物所持】