信頼関係


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「私たちはこれから南東の方角に向かうことにします」
 千鶴姉は唐突に言い放った。
「え? だって、あゆは西の方に行きたいって言ってて、芹香さん達もその途中にいるはずだっただろ?」
「うぐう! そうだよ、千鶴さん。おかしいよう!」
 予想と違いすぎる千鶴姉の指示に、わたしは疑問を投げかけた。
 あゆだってそうだった。
 自分の意志と違う方向に赴くくらいならば、一人で駆け出しかねない勢いで声を上げている。
「それがごめんなさいね。私のせいで状況は変わってしまったみたいなのよ」
 千鶴姉はわたしたち二人に見せるように、参加者の位置を示す装置を差し出した。
「あ、ほんとだ」
 何処をどう移動したのか、芹香ともう一人のペアはさっき千鶴姉の言った方角へと随分移動してしまっている。
 つまり……。
「南東に向かうことで初音達に会うことと、セイカクハンテンダケを手に入れることの、両方が達成できるってわけだ。だけど……」
 わたしは視線を左に流した。千鶴姉もその視線を同じ方に流した。
 当然、そこにはあゆが立っている。
「うぐう……。千鶴さん達がそっちにいくのなら、ボクはあっちに行くよ!? わがままを言ってるんじゃないんだよ。本当に急いでいかないと駄目な気がするんだよっ」
 あゆが西の方角を指さし、千鶴姉に必死の表情で訴えかける。
 さっきの雨のこともあるし、あゆの勘もおいそれと放っておくわけにもいかないかもしれない。
 けれど、一つだけ分からないことがあるんだ。それは……。
「あゆちゃん、もう一度だけ聞くわ。何が間に合わないのか、教えてもらえる?」
 わたしの疑問を代弁するように千鶴姉が問う。
「うぐう。それはボクにもはっきりとは応えられないんだよ。でも、これは確かなことなんだよ。信じてよ、千鶴さん……」
 言いたいことを上手く言葉に表せなくて、あゆは涙目になってしまった。
 わたしは左手をあゆの肩に置き、落ち着かせようとした。

「わたしも千鶴姉も、あゆの言うことは信じてるよ。だけど、確実に出来ることが目の前にあるのなら、そっちから片付けた方が良いんじゃないかとわたしは思う。千鶴姉も……」
 そう思うだろ? と続けるつもりだった。けれども、千鶴姉は首を横に振ったんだ。
 そして、またしてもわたしの予想外なことを言い放った。
「梓……。初音をお願いね?」
 わたしもあゆも、驚いて目を見張った。
「じゃ、じゃあ千鶴さん!!」
「お、おい、千鶴姉!!」
「私はあゆちゃんと二人の時に、もう一つ不思議な体験をしているのよ、梓。だからこそ、施設を出るときにあゆちゃんの同行を許したの。それに……」
 脳裏に苦い過去をよぎらせたのか千鶴姉はそこで一度、言葉を止めた。そして僅かに表情を歪めながら続けた。
「初音と私がいま会っても、上手くいかないっていうのは梓にだって分かっているはず。だとしたら、考えられる手は一つしかないわ」
「つまり、わたしが一人で例のキノコを手に入れて、施設の繭に食わせてやるってことなのかい、千鶴姉……?」
 千鶴姉の言葉に、あゆは目を輝かせている。
 確かに施設にいるときに確認した限りでは、ここより西には参加者のいる形跡がなかった。
 だから、あゆは千鶴姉がいるかぎりまず安心だろう。
 そしてわたしも、自分一人の身ならばどうとでも出来る自信はあった。
 だけど……。
「西に何があるっていうのさ! あゆには悪いけど、ここで別れるのには賛成できないよ!!」
 わたしが叫んだことで、あゆは再び涙目になってしまった。
 あゆには本当に済まないと思ったけれども、わたしは叫ばずにはいられなかった。
 正直に言えば、わたしは怖かったんだ。
 具体的に何がということがあったわけじゃなかった。
 だけど、ここで別れたらまた会うことが出来ないような気がして。
 何の根拠もないのにわたしは怖くなってしまったんだ。
「しっかりしなさい、梓!!」
 間髪入れず、わたしの左頬が千鶴姉の手ではられた。
 気持ち良いくらいの音が辺りに響きわたる。
「あなたがしっかりしてくれていないと、困る。……頼りにしているのよ、梓」

「ち、千鶴姉……」
 わたしはそれ以上抗議をすることが出来なかった。
 日頃、憎まれ口をききあってる間柄だけど、お互いの信頼関係あってこそのものだ。
 それをお互い分かった上で、あえてそれは口に出さないようにしている。
 言わないでも分かってるからだし、気恥ずかしいからだ。
 けれど千鶴姉はあえて、改めて口に出してわたしを頼りにしているのだと言ったんだ。
 これ以上抗議するなんて、出来るわけがなかった。
「分かったよ、千鶴姉。わたしも千鶴姉を信じてるから。だから、あゆをよろしく」
「ええ、任せておいて」
 千鶴姉が大きく頷く。
 それを見てわたしは安心した。
 安心することが出来た。
 さすがは千鶴姉だと思った。
 わたしを簡単に落ち着かせてくれる、立派な姉。
 もちろん、口に出して言ってなんかやらないけど。
 あゆの頭を撫でながら、わたしは自分の気を完全に落ち着かせた。
「うん。じゃあ、善は急げだ。もともと短距離の人間だけど、別に長距離だって苦手じゃない。わたしはもう、お暇するよ」
 そう言ってわたしは荷物を担ぎ、駆け出そうとした。
「梓、これをもって行きなさい」
 千鶴姉がわたしに、爆弾感知型の人物探知機をかざすように見せた。
「これも併用して、出来るだけ危険な行動を避けてね。そして一刻も早く目的の物を手に入れて岩山の施設に戻ること。わたしもあゆちゃんの件が片付き次第戻るわ。それから……」
 千鶴姉は万が一岩山の施設が合流場所に出来なかった場合は、施設内で見た初音たちのいた場所を次の集合場所とすることをわたしに告げた。
 わたしは探知機を預かり、千鶴姉の話をあゆと良く確認した上で今度こそ出発することにした。
「じゃあ、ちょっくらいってくるから。あゆ、千鶴姉をよろしくな!」
「うぐう、任せて置いてよ、梓さん。ボクだって何から何まで二人にやってもらってばかりじゃないんだよ。ボクだって、ちゃんとボクなりに……」
「うん、わかってる。それじゃあ、二人とも。またすぐに会おうね!!」
「ええ。分かってるわ、梓」
「うぐう。梓さんも気を付けて!!」

わたしたちはこうして二手に分かれた。
 正直に言えば、その時もまだわたしは二手に分かれるのが最善の策だとは思っていなかった。
 けれども、千鶴姉の言うことと、あゆの要求をはねのけてまで一緒にいるべきだとも思わなかった。
 だったら、わたしに出来ることは一つだ。
 二人を、千鶴姉を信じて、自分は自分の最善を尽くすこと。
 わたしはさっさと自分の役目を果たして仕舞うべく、小走りに駆けだしていった。
 太陽はさっきよりも傾き、幾分か過ごしやすくなっていた。
 けれども、夕暮れにはまだ少し遠い時間帯だ。
 わたしの足ならば、完全に暮れるまでには目標の人物に出会えるだろう。
 セイカクハンテンダケを持つ、来栖川芹香に。


【残り20人】
 
【千鶴 防弾チョッキスクールタイプ Cz75初期型 鉄の爪(左) 所持】

【あゆ  ポイズンナイフ×2 イングラムM11 種 所持】
【梓  防弾チョッキメイドタイプ H&K SMG2二丁 爆弾感知型の人物探知機 所持】

【時制が最も遅れているグループです。まだ蝉丸の放送さえ終えてません。
 当然のことながら、飛空挺の落下もまだです】

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