灯台地下にて
二人は薄暗い通路を歩く。
得物を構え、足音を忍ばせながら、点々と続く誘導灯のわずかな明かりだけを頼りに。
備え付けの懐中電灯は手に入れていたが点けてはいなかった。
足元が心許ないが、発見される危険を考えればまだましだ。
「それにしても、全然人がいないわね」
「油断は禁物よ」
「わかってる。ただ、おかしいなって」
今までいくつかの部屋を巡ってみたが、人がいる形跡は見当たらなかった。
「……そうね。警備の一人もいないなんて。たいして重要な施設じゃなかったのかしら」
やがて二人は『管制室』と記された部屋の前についた。
「ここなら何かありそうね」
「そうね。ちょっと待ってて。様子を見てくるから」
晴香は部屋の前まで忍び寄ると、静かに聞き耳を立てた。
人の声は無い。
建物全体を包むわずかな機械の駆動音を除けば、あとは静かなものだ。
(ここも無人? 鍵は……開いてる。とりあえず、大丈夫みたいね)
振り返って七瀬を呼ぼうと――その途端、部屋の中から声がした。
「っ!?」
とっさにドアの前から離れ、その横の壁に張り付く。
(まさか人がいたなんて。気付かれた? にしては変化が無いけど……)
相変わらず声は聞こえてきているが、その内容までは聞き取れない。
(どこかで聞いたような声……)
「どうしたの?」
「〜〜〜ッ!!」
部屋のほうに全感覚を集中していた晴香は、後ろからいきなり声をかけられて思わず総毛だった。
そのまま声をひそめて怒鳴る。
「ちょ、ちょっと七瀬! おどかさないでよ!」
「……あ……あんたこそ……なんのマネよこれはっ……!」
驚いた拍子に刀を振ってしまっていたようだ。
七瀬は目前に迫った刀の切っ先を、両手で必死に防いでいる。いわゆる真剣白刃取りである。
「あ、ごめんごめん。……えーと」
晴香は刀を下ろし、コホンと咳払いを(もちろん小声で)すると表情を引き締めた。
「中から声が聞こえるわ。どうする?」
「何事もなかったようにいうか、あんたは。……で、踏み込むかどうかってこと? 数が多いなら危険よね」
飛び道具を持った集団相手では勝ち目が無い。こちらの得物は刀2本に拳銃1丁だ。
「手榴弾は……ここが最深部みたいだから、音で他の連中が寄ってくることはないと思うけど。
でも、爆発で施設に影響がでたら困るわね」
「……そうね。でも他に方法も手掛かりもないわ。制圧しましょう。いい?」
七瀬が頷いたのを見て、先を続ける。
「幸いドアは内開き、鍵も開いてるから、まずドアを蹴りあける。次に敵を確認したら手榴弾を放り込む。
爆発したら私が突っ込んで残りを片付ける。これでどうかしら」
「それって晴香が危険すぎない?」
「私にはこれがあるから」
そういってワルサーP38を見せる。
「それに、どちらかといえばあんたの仕事のほうが重要なのよ」
「そうだけど……」
「あんまり長話もしてられないわ。……準備はいいわね? いくわよッ……!」
七瀬が手榴弾の安全ピンを抜く。
チン、と音がした。
即座に晴香はドアを蹴り開け、すぐに飛び退いて突入の体勢を整える。が――
「……だれもいない……?」
拍子抜けしたように、呟く。
部屋の中に動くものの影はない。
あるのは薄ぼんやりと光を放つたくさんのモニター、そしてわけの解らない機械類。
そのうちのひとつから声が聞こえていたようだ。
「大丈夫だったみたい。やれやれね」
そういって立ち上がると、七瀬の方を向き、そして――硬直した。
七瀬も気が抜けたように肩の力を抜いていた。……ピンの抜けた手榴弾を持ったまま。
「七瀬! ちょっと、危ないって! ピン! ピンもどして!」
「……えっ?」
動揺した留美はうっかり安全レバーを離しそうになる。
(間に合わないっ……!?)
晴香はとっさに手を伸ばした。
しかし、それは届かなかった。
七瀬は手を滑らせ、安全レバーは弾けとび、死のカウントダウンが始まる。
あまりの事態に思わず立ち尽くしてしまう晴香と、現状が把握できない七瀬。
無情にも3秒の時は過ぎ――そして死神の鎌が振り下ろされた。
爆発と共に辺りに撒き散らされた破片は七瀬と晴香の体を所構わず射抜きその命を奪う。
施設は再び無人となり、そこにあるのはただ二人の乙女の亡骸のみであった。
【069七瀬留美 死亡】
【092巳間晴香 死亡】
【残り18人】
「……なんてことにならなくてよかったわね」
「あ、危ないところだったわ……」
晴香は間一髪、七瀬の手ごと手榴弾を握り締め、爆発を防いだ。
そしてゆっくりとピンを戻す。
「知らなかった。手榴弾って、どこかに投げつけなくても爆発するんだ……」
「今の手榴弾はみんな時限式よ。レバーを離して3秒で爆発……あんた、知らずに使おうとしてたの?」
「乙女の辞書に手榴弾の扱い方なんて文字は無いわよ、いくらなんでも」
「……そもそも、アイテムリストに説明乗ってなかった?」
「そんなの覚えてないって」
「はあ……ま、いいわ。確認しなかった私も悪いし。ただ、今度からは私に断ってからにしてね」
「うん、解ってる……」
七瀬は思う。
ここまで来て自爆で死ぬなんて情けなさすぎる。
そんな理由で浩平に再会したら、あいつは腹を抱えて笑い転げるに違いない。
それは避けたかった。
「それより、声ってなんだったの?」
言われて晴香は思い出す。まだ声は聞こえ続けている。
近づくと、はっきり内容まで聞きとれるようになった。
『ザザッ……り返す!
俺は全ての者を歓迎する! ……』
「……蝉丸さんだわ、この声」
「どういうこと?」
手元を見ると、<38番マイク受信中>と書かれた文字が点灯している。
「どうやら蝉丸さんが何処かで喋っているのを、この施設の耳が聞きつけたみたいね」
そして二人は、放送の内容に耳を傾けた。
【灯台地下管制室へ到着、蝉丸の放送を聞く】
【069七瀬留美 毒刀、手榴弾三個、志保ちゃんレーダー、レーザーポインター、瑞佳のリボン、ナイフ所持】
【092巳間晴香 日本刀、ワルサーP38所持】
【残り20人】