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階段を隔てて、天沢郁未と少年は対峙する。
「具合は、どうだい?見たところ元気そうだね。」
その少年の声に、だが、郁未は無言しか返さない。
「なんだよ、無愛想だな」
少年はヒョイと肩をすくめる。
「とにかくあがってきなよ。そこは狙撃される心配がある」
確かにそれはそうね、と郁未は思った。
私は彼を、救うのか。
私は彼を、殺すのか。
どちらにせよあの髭面の男に邪魔されたくはない。
だから、郁未は既に手にしていた発煙筒と煙球(椎名繭のバックの中にあった花火セットのものだ)に火をつけて、そこらへんに放り投げた。
無論ベネリショットガンは構えたままだ。
たちまち、ホールに煙が充満し、往人の爆弾のせいでただでさえ悪くなっていたホールの視界がさらに悪化する。
流石に郁未と少年の距離ならばお互いの姿が視認できるが、外からの狙撃は無理だろう。
そうして、郁未は少年のほうへ銃口を向ける。
「あなたは、人を殺したの?殺したのね?」

「…!」
ホール内にたちこむ煙幕にフランクは歯噛みする。
ようやく狙撃ポイントについたというのにこれでは…
どうするか…煙幕が晴れるまでここに待機するか…
だが、一度狙撃手の存在を明らかにした以上、狙撃の最も大きい利点、不意打ちはもはや期待できない。
フランクは舌打ちをするとさらに移動をはじめた。

「ああ、殺したよ」
何ら変わることのない少年の声。
「僕がそうするって事は、郁未が一番良く知っているだろう?」
「…そうね…」
そう、郁未こそが一番良く知っていた。神奈に侵食されている郁未こそが、今少年がどういう存在か一番良く分かるのだ。
「あなたは、空虚。我を持たない、ただ姫君の望むように動く操り人形。そんなこと分かってた。でも」
痛い。胸が痛い。
「救いたかった。あなたを救いたかった。救いたかったんだよ」
泣き声にならないようにするのは大変だった。
「あなたのこと大切だったから…」
「救いたかったか…」
少年は一歩前に踏み出す。
「過去形なんだね。それじゃあ今は?やっぱり殺すのかい?」
「……」
無言のまま郁未は引き金に指をかける。だが、その手はどうしても震えてしまう。
胸が…痛い…
少年はその動きに頓着せず、一歩一歩階段を下りる。いつもの柔らかな声を出しながら。
「こないで…撃つわよ…」
途切れ途切れの郁未の声はひどくか細く弱弱しい。
「何のために?」
「…何のためって…それは…」
それは…なんだろう?
「何のために撃つんだい?その胸の痛みと引き換えに、君はなにを得るんだい?」
「黙って…こないでよ…」
どうしてこんなに胸が痛いの?私には痛みなんてなくなっているはずなのに。
「郁未。救いが必要なのは君のほうなんじゃないか?」
「黙ってて言ってるでしょ!!」
力を振り絞って叫ぶ郁未。だがもうそれは遅く。
銃身を少年に払われるとその勢いで壁に押し付けられて両手の手首を握られてしまう。

「かわいそうな郁未」
まるで口付けを交わすような距離で少年は続ける。
「とても痛いんだね。伝わってくるよ。郁未の痛みが」
「いやだ…離して…」
身をよじらせるるけれど、力が入らない。ただ、胸だけが痛くてそこだけしか感覚がないみたい。
「郁未はずっと強くなければいけなかったんだよね。ずっと痛みに耐えなくてはいけなかったんだよね。
 本当にめったにいないんだ。いきなりAクラスに所属する女の子なんて」
FARGOのクラス分けは精神力の強さ、過去にどれだけの痛みに耐えたかで決まる。
「この島に着てからも、郁未には辛いことだらけだ。母親の裏切り、死。親友の死。そして僕のことも」
「やめてよ…お願いだから…」
反則だよ。こんなの。こんなふうに…拘束するなんて。
まだ覚えているのに。少年のぬくもりも、抱かれた日のことも。

「そんな中でも郁未は強くあろうとした。それがお母さんが君に望んだことだから」
そう、お母さんは傷ついていた。そうして、そのことに耐えて行けるような強さを身に付けるためにFARGOに入信し、この大会に参加した。
そうして、お母さんは憧れていた。不可視の力を使えるような強さを持つ私に…
「でも、それはとても辛かったはずだ。本当は誰かに頼って楽になりたかったんじゃないか?本当は、侵食が始まった事に安心したんじゃないか?」
「そんなことない…」
嘘だ。分かっていた。
私はどこかで安心していた。侵食が始まったことに。私という存在が姫君に飲み込まれていくことに。痛みが徐々に消えていくことに。
そうして、どこかで期待していた。侵食が進んで姫君に意識を飲まれることで、お母さんやこいつへの辛い思いも消えてしまうんじゃないかと。
郁未の手からベネリが落ちる。
もう少年も力をこめていなく、拘束しているというよりも抱いているといったほうがふさわしかった。
「本来、僕は我を持たない空虚な存在だ。だけど今は違う。
 僕自身誤解していたけど、擬似人格は消滅したわけじゃないんだよ。たしかに巨大な意識に吸収されて同一化してしまったけど、その中で確かに生きているんだ。
 郁未を大切に思う気持ちは確かにあるんだよ」
その少年の言葉は嘘じゃなかった。侵食されている郁未にはそれがわかる。
「郁未、僕と一つにならないか?姫君という大きなな意識に同一化する。それは確かに一つの救いだよ」
痛みもなく苦しみもなく孤独にさいなまれることもない。それは確かに救いの形。お母さんが望んだことそのもの。
「…ちょっとクサイかなぁ。流石に照れるや」
少年は少しはにかんで。
「でも、郁未だって嫌いじゃないだろ。こういうふうに口説かれるの」
「う…ん…」
そっと、口付けが交わされた。

「どうやら、あいつも敵みたいだな」
ささやく往人の声に、芹香は黙ってうなずいた。
煙幕のせいで中の様子はわからないが、途切れ途切れ聞こえてくる会話、一発も放たれない銃声、移動もせず消えもしない人物探知機の二つの光点を考えるにそう判断するしかない。
「でもどうするの?これじゃ叔父様の援護も期待できないわよ? 」
「…いや、むしろこいつはチャンスだ」
問い掛ける芹香の視線に、往人は先を続ける。
「銃撃戦ってのは、初撃が勝負になる事が多い。だから、視界の効かない場所では相手の位置を先に発見できた方が勝つ。だが」
往人は人物探知器をカチャカチャとふる。
「こいつがあるなら、相手の位置を探す必要なんてない。あの煙幕の中じゃこいつはでかいアドバンテージだぜ」
「…一理あるわね」
煙幕が晴れるまで待つという手も確かにあるが…
「じゃあ、踏み込むのね。」
「ああ、ちょっと待ってろ。すぐ帰ってくる」
「な、なんでよ。私も行くわ!!」
慌てる芹香に往人は冷たい視線を向ける。
「武器もないのないのにか? 今からやるのは不意打ちだ。無駄に人数を増やしたら気配を悟られるだけじゃねぇか」
「だったら私が…あんた怪我してるし…」
「芹香」
芹香の抗議を往人が遮る。
「おまえは人を殺した事があるのか?」
その鋭い言葉、視線に芹香の息が詰まる。
「…ないみたいだな。だったら足手まといだ。躊躇なく敵を撃てるかどうかわからない奴なんてな」
「…そんな言い方しなくたって…」
「俺なら撃てる。ためらいなくな」
それだけいうと、往人は芹香に背を向ける。
「ちょっと、もう!!もうちょっと言い方とかあるでしょう!!か弱い女の子に向かって!!」
「誰がか弱い女の子だよ。その性格で良く言うぜ」
「…あのね…本当の私は…」
だが、そういったきり芹香は黙りこくってしまう。
「チッ」
なんなんだよ、調子狂うぜ。柄でもない。
「すぐ帰ってくる、おとなしく待ってろ」
それだけいうと、往人は身を低くしてホールに向かって走りはじめた。

「ほんと、もうちょっとまともな言い方できないのかしら」
走っていく往人の背を見ながら、芹香は呟く。
基本的に往人の言っている事が正しいというのはわかってはいるが…
そう言っているうちに往人の姿は建物の中へ消えた。
(大丈夫だよね…!? )
不意に、芹香は背後に人が立っている事に気づいた。
慌てて振り替える芹香そこには、
「叔父様!?」
フランクがたっていた。
ほっとする、芹香。だが、その腹にフランクの拳がめり込む。
「叔父様…なんで…」
何か熱いものが喉をせり上げてきて、芹香の意識は闇に落ちた。

芹香が胃液とともに吐き出したものを、フランクは摘み上げる。
それは参加者に仕掛けられた爆弾だ。
胃から摘出しても爆発しない事をフランクは当然知っていた。その起爆の方法も。
フランクはビルの2階のホールを見上げる。煙幕のせいで中はなにもみえないが。
これを使えば、あの化け物を倒せるかもしれない。
それほどの威力のあるものではないが、先ほどの往人の爆弾で、ホール自体が半壊している。
もう一度爆発を与えたならば、うまく支柱を破壊すればホールごと潰せるかもしれない。
ここからでも、二階にこの爆弾を投げ込む事はできるだろう。
だが、それはすなわち、既にビルの中には入ってしまった、往人をも巻き込む事になる。
芹香を気絶させたのは、爆弾を取り出すためだけではなく邪魔されないためでもある。
だが…、
フランクは己の感傷を自嘲した。
お笑い種だ。100人の参加者、多くのスタッフ、傭兵を巻き込んでいて、
今更、感傷だと。偽善にもほどがある。
何を犠牲にしても、かりそめの仲間、いや、己の命を犠牲にしても目的は達成しなくてはならない。彰を守るためならば。
手段を選ぶ贅沢など許されるものか…
だが、その自嘲の裏には確かに動揺があったのだろう。
「動くなよ、おっさん!! 」
デザートイーグルの銃口がフランクの後頭部を小突くまで、
北川潤、神尾観鈴という素人の接近にも気づかなかったのだから。

一階をぬけ、既に停止しているエスカレーターから往人は二階に抜ける。
予想どうり、そこには煙の充満と炎の揺らめきのせいで視界が極端に悪い。何も見えないという訳ではないが…
( 奴等の位置は…非常階段の側か…)
こちらの侵入、接近を悟られない事を祈りながら、往人は可能な限り身を低くして移動を開始する。
(落ち着け…有利なのはこっちだ…)
額に汗が浮かぶ。
人物探知器で相手の位置がわかっているとしても、この煙幕、炎はプレッシャーだ。
だが、それでも往人は気配を消しながら、着実に二つの光点に接近していった。
そして…
(あれか!!)
煙幕の切れ目にみえる己と同じ銀髪の頭。
非常階段口からのぞくそれは、確かに光点と同じ位置。
まだ、こちらを向いていない。気づいていない。
(初撃が勝負。この距離ならいける)
確かに視界は悪いが…
ゆっくりとアサルトライフルを構え、狙いをつける。
まだ、相手に動きはない

悪く思うなよ…俺の勝ちだ!!

往人は引き金をひき、
そして、銃声とともに、銀髪の頭がはじけとんだ。

「観鈴、こいつが管理者なのか?」
北川の問いに、観鈴は首をかしげる。
「敵だとは思うけど…この人に一度襲われているし…」
だけど…郁未さんがいった管理者とはこの人の事ではないはずで…
「はっきりしないな。けど、確かにきな臭い奴ではあるよな」
フランクの足元には、芹香が倒れている。ほんの数時間前に蹴りをくれた少女だ。
彼女が殴られる所を北川たちは見ていた。
(くそ。やっぱりトラブルかよ…)
ある程度は覚悟していたし、それを分かって観鈴についてきたのだが…
だが、まあよしとしなくちゃならないかもしれない。
とりあえず、芹香の危機は救えたと思うので。
(ていうか、そう思わなきゃやってらんねぇよ)
どう決断したって、俺みたいな優柔不断なやつは後悔する訳で。
だったら、いい事もあったと思うことにしよう。
「おい、あんた!!天沢郁未ってのはあのなかにいるのか?」
フランクは答えずにただ自嘲の笑みを浮かべるだけだ。
(くそ、どうするよ)
スナイパーライフルの方はもう捨てさせているが、握り締めたままの右手が気にかかる。
(だからといってここで撃っちまうのはどうにも)
「とりあえず…」
観鈴に指示をだそうとして、そこでビルの中から立て続けに2発の銃声がこだました。
「…!!郁未さん!!」
たまらず、観鈴は走りはじめる。
「おい、ちょっと待て!!」
北川の制止の声にも耳を貸さずに。

往人の目の前で銀髪の頭は確かにはじけとんだ。

やったぜ…俺は…

まだ、天沢郁未という潜在的な敵は残っているものの、とにかく最強の敵を倒した訳で…
だが、そこで気づいてしまう。
光点の数が減らない事に、
そして、今自分が撃ったものが首だけの存在という事に。
それが坂神蝉丸の頭部であり、本来ならフランクの狙撃に対するフェイクとして少年が用意していた事など、往人の知る由も無い事。
ただ、その異様な光景に往人の思考がとまってしまう。
そして、気づくのが遅れてしまう。
すでに己の銃声によって、人物探知器によるアドバンテージが失われてしまったという事に。

ドンッ

銃声、非常階段口に走るマズルフラッシュ、
少年によるベレッタの一撃は、
先ほど手当てしたところと同じ肩口を貫き、激痛が走る、
それでもライフルを手放さずに倒れなかった往人は賞賛に値するが、
少年のスピードに対応できるはずも無く、その頬に拳がめり込み、
往人は仰向けに倒されて、怪我している肩口と、
右手を少年の足が踏み潰し、ついにライフルを手放してしまう。

「ガアッ!!」
激痛にのたうつ往人。何とか立ち上がろうとするも、もうそんな力は入らない。
致命傷ではないにしても、けっして軽い傷ではないのだ。
「郁未…大丈夫かい?」
少年は往人を見下ろしたまま、優しく声をかける。
「うん…大丈夫…」
煙の中、往人は郁未をみた。
その目は虚ろだ。前に会った時のあの強い意志の光はもう感じられない。
「その人…」
「ああ、こいつ? 敵だよ。僕らの命を狙おうとしただろ」
「でも…その人は…」
「敵だよ、郁未。敵は殺さなくちゃ」
往人のライフルを拾い上げると、少年は踏み潰している肩口を軸にくるっとまわって、郁未の方をむく。
「…!!畜生…」
激痛に往人は意識をつなぐ事しかできない。
「郁未がやるんだ。そのショットガンで」
「私が…? 」
「そう、君が。そうして楽になるといい」
これは、禊。今までの自分を断ち切る儀式。
本来なら、神尾観鈴がこの役割を果たすはずだった。
大魔法による神奈の弱体化さえなければ、すぐに侵食は進み、
観鈴を殺す事で、郁未の侵食は完了するはずだった。
そう、これで侵食は完了するはずだ。殺人という罪を犯す事で。

「さあ殺すんだ。郁未」
その声に応じて、ベネリM3の銃口が倒れたままの往人に向けられる ――――――


【来栖川芹香 気絶。胃から爆弾摘出】
【北川、フランクに銃口を突きつけている。フランク胃爆弾所持】
【神尾観鈴 二階ホールに移動。G3A3ライフル所持】
【ホール内煙幕。視界悪し】
【少年、郁未、往人ホール内。往人、肩に負傷】

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