輝きと虚しさ


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ただ巨木が、其処此処に立ち連なるのみだった。
見上げれば、覆い被さるような高みに茂る枝葉があるだけだ。
傾き始めた太陽の光を遮断して、僅かに赤みがかった光を通している。
湿気を帯びた空気が、暗い原生林を抜けて冷風をもたらしていた。

何よりも、其処を異様な世界に仕立てていたのは、眠るように倒れ伏した人々の姿。
その表情には、何もない。
苦痛も、安寧も、後悔も、驚愕も-----何も、なかった。

おそらく、誰も生き残っては居ないだろう、そう思いつつもスフィーは生存者を探しながら歩いた。
その間に、遠くからの放送を聞いてもいる。
二人の女子高生から聞いた、蝉丸とかいうリーダー格の男の演説。
しかし、ここまで離れてしまって何の成果も無いまま、いまさら町の南まで戻れはしない。

(何よ、もう!タイミングが悪いのよ!)
単独でこんな所まで来るはめになったのは、人数不足だから、と割り切った結果なのだ。
腹を立てながら死体調査を続ける。
(…”死体”?)
ふと、気が付く。
いつの間にか、”生存者”ではなく”死体”を相手にしていた。
(あたし、この人たちの”死に方”を観察しているだけかもしれない…)
自分に対する苛立ちから、スフィーは憮然とした表情で大きく溜息をつき、天を仰ぐ。

…ひとりは、さみしい。
生き残るという事が、どれほど幸せなのだろうか。
木々に締め付けられた小さな視界の先にある、小さな雲の流れを見送りながら、スフィーは考えた。

そして、おもむろに雲へと手を伸ばす。
当然届かない掌を、ぐっと握り締める。
いつの間にか、大人のそれに戻っている大きなこぶし。

 けれど、それはもう。
 虚しさだけしか、掴めない。



「うりゅ…」
じわり、と歪んだ視界を振り切るように、目をしばたいて視線を地上に戻す。
相変わらず、死因の解らぬ人々が、芝居のようにばたばたと倒れている。
まるで役者が観客に背を向けぬように、全員が同じ方向へ向いていた。
(……お芝居、ね…)

虫の知らせ、だろうか。
なんの気なしに、スフィーは振り向いた。

この芝居の観客は、ここに倒れ伏す人々や、その指導者だとばかり思っていた。
…最初はそうだったのだろう。
でも、今は。
ひょっとして、違うのかもしれない。
役者のひとりが、いつの間にか、全てを仕切っていたのではないか。
(それが、あなたなのね-----)
ゆっくりと、その倒れた人々の脚の先へと、視界を巡らせる。

 無数の巨木が遮る中、狭い狭い空間を。
 遥か、遠くまで見通すと。
 -----何かが、ぼんやりと光っていた。

 彼女は独り、立っていた。
 輝きは、白い羽根。

 夜闇のように黒い、二つの虚空。
 それは、こちらを見返す瞳であった。


スフィーが目を合わせたのを確認すると、彼女は薄く笑う。
温かみの無い、純度の高い氷のような-----透明な、透明な-----微笑み。
ぞくり、とスフィーの毛が逆立つ。

 …この感じは、冷気?
 顔が、脚が、腕が、こわばる。

刀の中に封じられ、祠に据えられた、目を閉じて座した翼ある少女。
そんなイメージを打ち砕いて。
彼女は独り、立っていた。
「あ…あなた……」
スフィーの口は、上手く回らない。


 「存じておろう?
  余は、神奈…神奈備命じゃ」



【スフィー、神奈備命と遭遇】

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