そして二人は再会した
少年に促され、ゆっくりとベネリの銃口が往人のほうを向く。
うつろに冴え渡る瞳とは対照的に、郁未の手元は定まらない。
拮抗しているのだろう。理性と感情とが。
しかしそれも時間の問題だと少年は踏んだ。時が経てば経つほど侵食は進む。
何より迷いは心を弱らせる。一時的にせよ。
「もう思い悩む必要はない。辛い思いをすることはないんだ」
どこまでも穏やかに、少年は語りかける。
「さあ郁未。共に行こう――」
「……郁…未さ……ん!」
彼方より、突如聞こえてきたその声に。
びくり、と郁未の体が震える。
「……郁未……さ……ん!」
声はわずかに近づき。そして震えが体全体に伝わっていく。
「……郁……未…さん!」
そう。その声は、突き刺さるような優しい記憶のかけら。
その痛みに、郁未の意識は激しく揺れた。
「……なんとまあ、困ったね。神尾観鈴……か」
少年は声の主を思う。観鈴はここに来るだろう。だが、今の郁未に観鈴はまだ殺せまい。
そして観鈴がいては郁未に悪影響を及ぼす。
「郁未を困らせるいけない子には、とりあえず消えてもらおうか」
呟くと、足元の往人を一瞥しえぐり込むようにその右肩を踏みつける。
ゴキリと音がして、往人の右肩が外れた。
「ぐあっ……」
往人の呻き声。
少年は往人の上から降りると階段の方へ歩き出そうとする。
(ぐ……観鈴、だと)
往人は激しい痛みの中、紙一重で意識を保っていた。
少年は観鈴と言った。
目の前で銃を突きつけている女――郁未は、観鈴らしき声が聞こえ出してから様子がおかしい。
そして少年の行動。消えてもらおうか。その一文がリフレインする。
(あの馬鹿……なんでわざわざこんなところに来るんだ)
護りたかった者は次々に消えていった。だからせめて、観鈴だけは。
(殺させるわけには、いかない……)
そして同時に、これは最初で最後のチャンス。
少年に不意打ちを食らったとき、銃を最後まで離さずにいられた。だから仕込みができた。
何度も意識を失いそうになりつつ、耐えた。だからまだそれは生きている。
郁未を見る。心ここにあらずといった様子だ。今ならわずかな隙をつけるだろう。
少年を見る。そして彼の持つアサルトライフルに、念を集中する。
法術、それはほんのわずかな力に過ぎない。だが……ただ引き金を引くだけなら、それで充分。
(さあ……楽しい人形劇のはじまり、だ)
唐突に、少年のライフルが勝手に発砲した。
「な……これはっ!?」
立て続けにもう一度、発砲。
片手で、しかも不意を突かれては、発射の反動に耐えるべくも無い。
二度の反動で少年の上半身は回転し、大きくよろけた。
同時に往人が、全身の力を振り絞って跳ね起きる。
「うおおおおおおおおおっ!!」
叫ぶ。そうしなければ、動くこともできなかっただろうから。
往人はすぐさま腰の後ろから弾切れのデザートイーグルを抜き放つと、少年に躍りかかる。
少年の体勢は崩れたまま。
立て直す暇を与えず、往人は1.8キロの銃床をその頭部に叩き込む――
――その途端、一発の銃声が横から聞こえ、二人はまとめて吹っ飛んだ。
銃声と叫び声に郁未の意識がはっきりしたとき、
目に入ったのは襲い掛かられる少年だった。
操られた意識と郁未の心は同時に同じ判断を下した。
少年を救え、と。
そしてとっさに発砲した。狙いもろくに定めずに。
「……」
倒れ伏す少年に近づく。――息はある。
散弾は少年をも巻き込んだが、偽典の守りもあってか致命傷にはなっていないようだ。
気絶しているのは殴られたせいだろう。
往人を見る。――こちらも、まだかろうじて生きている。
直撃ではなかった。しかし、積もり積もった怪我はかなり深刻になっている。
放っておけば死ぬかもしれない。
「…………」
郁未は少年を担いで引きずり移動させ、往人のほうを見る。
少し考えて、そしてベネリをゆっくりと――
「――郁未さん!」
すぐ近くから呼ぶ声が聞こえ、郁未は顔をあげる。
やがて煙の向こうから観鈴が姿をあらわして、
そして二人は再会した。
【郁未、観鈴、少年、往人 ホール内】
【ホール内の煙幕は薄れ始めている】
【往人 重症による気絶】
【少年 軽症・脳震盪による気絶】