明星。


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彰は東に、初音はその正反対である――西に向かって行ってしまった。
まるで何が起こったのか判らない。初音の心に何があったのか?
考えても埒があかない。初音が何を意図しているかなど考える前に、自分は東へ向かうべきなのだ。
耕一の言葉を信じるなら、東に彰はいる筈なのだから。
私、観月マナは座り込んでいる耕一の包帯を巻き直しながら、そんな事を考える。
だが、まったく東に向かう気がしないのは何故だ。
――それは、きっと彰は初音が向かった方にいるのだと、そんな淡い予感を抱いていたからだった。

「初音ちゃんは、彰さんのところに行ったんだと思うんだ」
「どうして? 彰は正反対の方向に行ったんだぜ」
「――良く、わからないけど。乙女っぽく言うなら、恋する女の子のカン、っていうのかな、
 彰さんが島を迂回して西側に行ったんじゃないか、って直感したんじゃないかと思うのよ」
「……乙女、ねえ」
なんかに毒されてるんじゃないか? そんな風な目である。
「……ナニよ、その目は」


初音の行動によって、幾許かの不安に駆られているだろう耕一は、それでも大人しくマナの治療を受けている。
それは、自分自身がすぐに動き出せるほど、肉体に活気があるわけではない事が良く判っていたからだ。
数々の切り傷や、先程銃で撃たれた衝撃。それらは、耕一を立ち上がらせる事さえ困難にしていた。

彰が自殺するつもりである事は判っていた。
銃を捨てた彰がどうやって自殺するか。考えられるのは海へ身投げする事くらいである。
ひとたび立ち上がる事が出来たら、そのまま走り出そう。何処でも良い、必ず見つけてやる。
あの二人をなくすわけにはいかない。

――それにしても、なんて深い傷ばかりなのだろう。私は
多分、相当量の血も流れただろう事が想像できる。
簡潔な治療しか為されておらず、常人ならば気を失うどころか、死に至る可能性すらあっただろう。
太い腕と厚い胸板は強い男の象徴で、自分に向けているその優しい目と笑顔は、優しい男の象徴だった。
(……なんだか私ってば、ヘンな感情を抱いている気がするわ)
「アンタ……それにしても、よくこんだけやられて無事だったわね」
それをごまかすかのように、私は憎まれ口を叩く。
「丈夫だけが売り物だからね、……って、あうちっ! もう少し優しくっ」
耕一は苦しそうな顔をしつつも、優しく微笑んで私の頭を撫でる。

「マナちゃん……生きていてくれて、ありがとう」

そして耕一は、掠れた声でそんな言葉を呟いた。
その言葉を聞いて、どうしてか私は泣きそうになる。
「アンタこそ……ホントに、ホントに心配したんだからねっ! 無茶ばかりやってっ……」
涙を堪えて吐いた言葉は――そんな言葉だった。なんて不似合いな言葉を吐くのだろう、今日の私は。
「ありがとう、マナちゃん」
優しく微笑む耕一の顔を直視できない。
――なんでよ。

「――そろそろ、戻ったかな」
そんな事を呟いて、耕一は身体を起こす。
手のひらを握り、何かの感触を掴むような様子を見せた後、
「うん、眩暈は収まった。――そろそろ行こう」
耕一はそう呟いて立ちあがった。その目には穏やかさと強い意志が同居していて、
今までに見た事もなかったような、途方もなく――深い耕一を、私は目の当たりにした。
私は一瞬その表情に見蕩れかけたが、慌てて立ちあがると、歩き出した耕一に付随した。
向かっている方向は、西だった。
結局耕一は、初音の向かった方へ行く事にしたのだった。
彼女こそが彰を一番に見つける事が出来るのだという感覚もあったのだろう。

そんな事を考えながら、わたしはふと気配を近くに感じて振り返る。
耕一も同じような気配を感じたのだろう、立ち止まって振り返る。
一瞬の緊張。あの放送を聞いて集まろうとした人間の一人だろうか?

がさり、と音を立てて茂みから現れたのは――
「……耕一っ!」
「――あずさ?」
ショートカットの長身でスタイルの良い、可愛い女の子だった。
いろいろ荷物を持っているが、手に持ったレーダーのようなものが目に付いた。あれはそのまま、レーダーなのだろうか。
「……やっと、やっと逢えた――レーダーで初音捜してたら、あんたが近くにいるみたいだったから、」
ああ、もうっ――顔をくしゃくしゃにして、女の子は笑った。

言葉を失い呆然とした表情の耕一と、涙を流して喜ぶ女の子の姿が、やけに眩しく見えた。


そんな私の気持ちなどまったく気にも留めないように二人は二人だけの世界を作り出し、手を取り合って踊っていた。
……むかつく。

「梓、再会を激しく喜びたいところなんだが、残念ながら時間がない。初音ちゃんは何処らへんにいるか判るか?」
耕一は梓というその少女の肩に手を置くと、そんな風に云った。
「わかってるよ。初音は突然西に向けて走り出した。まだ森の中だね。丘の辺りかな。
 芹香っていう女の子も捜さなくちゃいけないけど、まずは初音に逢いたい。急ごう」
……結局千鶴姉達と同じ方向に行く事になるのか。そんな呟きが聞こえた。

そうして私達三人は森の中を駆け出した。
耕一の体調もあって、それ程の速度ではない。そういうわけで、話をする余裕もあった。
「そういえば自己紹介がまだだったね」
そう云って梓は笑う。その屈託のない笑みが先程の私の苛立ちを助長する、という事は殆どなく、
むしろ素直に、爽やかな人だ、という印象を覚えるばかりだった。
「あたしは柏木梓。こいつの従姉妹だよ」
そういって爽やかに笑う梓に、私も微笑んだ。
なんとなく、この人と耕一は、そういう関係にあるんじゃないのかな、と思ってしまう。
大人の女性だもんなあ、すごいもの、スタイル。信じられない。
それでいて顔立ちは子供っぽいところがある可愛い顔だっていうんだから……。
「私は観月マナ。よろしく、梓さん」

梓が自分と同じ年齢だという事を知るのは、もっと後になってからである。
ともかく、彰と初音の場所に向かうことが先決だった。


【柏木耕一 観月マナ 柏木梓  ――西に向かって進行。時間帯は初音と彰が再会する十五分ほど前です】

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