凶刃


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頂上部は、荒涼としていた。
再び巨木は姿を消し、祠のある岩場がぽつんと存在するのみである。
しかも綿密に配置されていたであろう祭器は、ある物は破壊され、ある物は転がり、既に封印の意味を
為していなかった。

「ねえ、あゆちゃん……こういうのは、詳しくないのだけれど…危険な気がしない?」
遭遇後、すぐに気絶してしまったピンク色の髪の女性を背負い、その意に反して千鶴はここまで来ていた。
あゆの意思を尊重するという方針を、今になって曲げる気もなかったからだ。

「……お化け出そう…でででで・でもでも、こここ・この中なんだよっ!」
右手と右足を同時に出しながら、なんば歩きで祠に突進するあゆ。
顔は仮面のように強張っている。
それを見て苦笑しつつ、スフィーを安定した岩場に寝かせた千鶴が後を追う。

半ば破壊された祠は、とくに大きなものでも立派なものでもなく、ただその効力だけを期待されていたんだろう。
すぐに封じられていた物品が発見できた。

 それは、ひとふりの刀。

以前の大会で振るわれ、参加者のうち四割と、その振るい手を殺戮した凶刃。
だが今は、静かに薄青く輝くのみだ。

もちろん、そんな事を知る由もない二人にとっては、ただの刀。
場の雰囲気が、それを不気味なものに見せてはいるが、それ以上ではあり得なかった。
「…これが、あゆちゃんを呼んでいたの?」
「うん…たぶん」
なんとなく釈然としない気分で、二人は首を捻っていた。

「呪いの品ね」
ほどなく意識を取り戻したスフィーは、口を開くなり不吉な事を口走る。
「わわわっ」
「きゃっ」
二人で持っていた刀を、思わず同時にお手玉する千鶴とあゆ。

「もう、大丈夫よ。
 ”元”呪いの品、”現”魔法の品、だからね」
見かけも大きさも全く違う二人が、親子か姉妹かのようにシンクロしているのを笑いながら、スフィーが訂正する。
「それに、わたしの目的も見つかったわ。
 もうほとんど消えているけれど、ここに”居る”のね…」
穏やかな表情で、刀を抱くスフィー。
きょとんとした保油状で、その仕草を見守る千鶴とあゆ。

再び笑って、それからスフィーは考える。
「そうだ、説明しなきゃね。
 うーん、何から言えばいいのかなー…?」
込み入った事情に予測を挟んで、現状から推理した結論は以下のとおり。

 源之助の魔法により、神奈のみならず神奈の封印も攻撃された。
 それは神奈の意図によるな現象なのか、魔法自体がそういうものなのかは解らない。

 その際に神奈の中の、突出した強い意識-----すなわち悪意-----は封印された刀の中から抜け出る事が出来た。
 先ほどスフィーを襲った輝きは、悪意の顕現に他ならない。

 その悪意を込めていたからこそ、刀は強力な呪いの品であり、今は意識を封じる力はあれど、ただの刀にすぎない。

千鶴がこめかみに手を当てて、スフィーの説明を止める。
「あの、スフィーさん……ちょっと、待ってくれる?」
「ハイどうぞ」
「スフィーさん達が先日接触した神奈という存在は、封印されていても大暴れしたのでしょう?」
「そうですね」
「そんな存在の、悪意の部分が抜け出てどこかへ消えたというのは、拙いのではないかしら?」
「そうですね」
「しかも、あなたを取り込もうとしたという事は、実体を得て行動しようと考えているのよね?」
「そうですね」
「そうですか」
「そうですね」
「……」
「……」
「……うぐぅ」
淡々とした口調で語られた厳しい事実に、がっくりとうなだれる千鶴とあゆ。
それを気にしているのか気にしていないのか、スフィーはとにかく説明を続ける。

「ですが、あの時暴れなかったという事は、あの神奈もまた、力が弱くなっているのだと思います。
 全ての意識を統合できていない彼女が、かつての威光を示す事はないのかもしれません。
 なにしろ彼女が”消えた”と言っていた他の意識は、彼女が気が付かなかっただけで、この刀の中に微弱に残っているのです」
「そうだね、聞こえるよっ」
ころりと表情を変えて、あゆが笑顔で賛成する。

唯一漠然とした感覚でしか捕らえられない千鶴は、ほとんどお手上げ状態なのだが、一応の確認を取る。
「それで…出て行った神奈は今どこに行ったと思いますか?」
スフィーも流石に考えこむ。
「…たぶん、自分が取り憑ける何者かのところへ。
 例えば、自分と繋がりの強い誰か。
 もしくは、死んだばかりの誰か。
 それとも、自意識を失っている誰か。
 …そんなところでしょうか」
不思議現象の理解に苦しみながら、千鶴はなんとか噛み砕いて理解する。
「あまり限定できていない気もするけれど…あと一つだけ。
 もし、その神奈に出会ったら、どうすれば良いの?」

 -----沈黙。

「あなたには、解っているのでしょう?」
「……はい」
溜息、ひとつ。
いや、スフィーのものと合わせて、ふたつ。

「…わたしにも、解ったわ」
「…物品に収まれば、今の神奈ならば私でも封じていられると思うんです。
 他にも芹香さんという術師がいますし、その状態でCDによる攻撃をかければ…」
二人で空を見上げる。
虚空を舞う神奈を睨むように。

 対処方法は、一つしかない。
 実体のない神奈に対して可能な処方は-----

 -----斬る、ことだ。
 この刀で、彼女の存在そのものを斬る。
 それしか神奈を抑える術はない。

もちろん、意識だけが浮いている状態でCDによる攻撃をかけても、神奈は滅ぼせるだろう。
それは、期待でしかないのだが。


「あら?」
数瞬の後、千鶴が少し驚いた顔をスフィーに向ける。
「はい?」
「CDの存在、あなたも知っているのね?!」
「はい、あたしも数枚所持していた人と一緒に居たから。
 もうそろそろ岩山の施設に辿りついても良いころだと思いますけど…」
「それなら神奈が、誰かに取り憑く前に処置できそうね」
にこりと笑う千鶴。
一抹の不安に眉をしかめるスフィー。
「思いますけど…うりゅ…」
「……?」

 北川は、いま。


「ああ、それから!」
「はいー!」
固まりかけたスフィーにネタを振る千鶴。
「芹香さんと、知り合いなの?」
「ええ、と言っても、あたし達がこの島に来てからですけど」
「何度かお話した事があるんだけれど、物静かな、いい娘よねー」
「物静かな…うりゅ…」
「……?」

 芹香は、いま。


「それで!」
「はいー!」
再度硬直するスフィーにネタを振る千鶴。
「今ごろわたしの妹の、梓が芹香さんのところへ…」

 梓は、いま。


【スフィー、千鶴、あゆ、対神奈用の刀を入手】
【神奈 侵蝕できる隙のある人間を求めてどこかへ】

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