赤い光


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「ああ、神様。 神様、聞いてください。
 そして願わくば、迷える子羊に啓示を頂きたく存じますですハイ。
 …嫌だなんて言わないで下さいよ。 俺、マジ困ってんスから。

 えー、コホン。
 なにゆえ私北川は、斯様な運命を背負わされているのでしょうか?
 使命をひとまず退けてまで、あの婦女子を助けようとした事は、間違っていたのでしょうか?
 神様、これはその罰なのでしょうか?
 婦女子は無情にも私北川を置いて、さっさと行ってしまいやがったですよ。 ええ、放置ですよ放置。
 いかにも危険そうだったから、制止したんですけど…無視ですわ、ハイ。
 脇役はすっこんでろというか、アウト・オブ・眼中って感じでしたよ。
 庶民の言葉では、シカトとも言いますねシ・カ・ト。

 …すんません、愚痴が長くなりました…それでですね。
 その後、建物の中はやたらと盛り上がってるんですけど…
 …なにゆえ私は、かくも長時間ヒゲオヤジと静かに見つめ合ってなきゃならんのでしょうか?
 しかもこのヒゲオヤジ、ブルーな顔してニヒルに笑ってやがるんです。
 もちろん、度重なる語りかけに対する返事は、全くありません。

 うはあああああ!怖えええええええ!!
 何が怖いって、言葉がのやりとりが通じないって程、怖い事はありません。

 私北川、この喋りこそが自己確立の礎とでも申しましょうか、キタガワという名の分子活動集合体が織り成す最大の
 偉業と心得ておりますゆえ、何を語りかけても返事が返ってこないというのは、まさしく存在の否定なんですよ!
 言わば、致命の一撃なんですよ!
 誰だよ!立ち絵の出番が薄いからセリフだけ、とか言ってるのは! ていうか立ち絵って何!?
 ああ、とにかく!!
 俺からトークを奪ったら、ただの色男しか残らないんだ!

 ん?…それ、いいかもしんない?」


はじめに長い沈黙があった。
しかしその後、あまりに勝手な妄想を延々と語り始めた北川の結論に耐えられなくなったのだろうか。
フランクが、遂に口を開く。
「……」
「…は?なんだって?」
その独特の小声に、思わず耳を傾ける北川。

「……爆弾、だ」
ゆっくりと握った手を開くフランク。 掌に収まる大きさの、ハイテクノロジーを尽くした見慣れぬ機械。
吐瀉物にまみれ詳細は判別できないが、ダイオードの青い小さな光点が見て取れる。

「…爆弾?…ってオイおっさん!?」
思わずのけぞる北川。
「……!」
一瞬の隙を逃さず、フランクは後ろに転がりつつ北川の銃めがけて蹴り上げる。
「くそっ!」
フランクの額に合わせた照準がずれ、慌てて発砲する北川。

 ガン!
  ズドン!

-----銃声、そして着弾音。

体術はさほど優れていないフランクだが、デザートイーグルの巨大な銃身を外す程、不得手ではない。
銃の重さもあってか北川の発砲は僅かに遅れ、銃身を蹴り上げられた事により弾丸はあさっての方向へ飛んでいた。
「…ぐあ…っ!」
遅れて苦痛のうめきを漏らし、前かがみになった北川の手から銃がこぼれ落ちる。
握りこみが甘いかたちで発砲した結果、右手の人差し指が妙な方向へと曲がっていたのだ。

「……!」
静かに立ち上がったフランクが、低くなった北川の即頭部に蹴りを見舞う。
「がっ!」
情況が確認できぬまま、鈍い音と共に為す術もなく吹き飛ばされる北川。
対するフランクは周囲を見回し、愛用のライフルと北川の拳銃を回収すると、掌の機械に注意を逸らした。

その機械は、芹香の位置を認識させていた爆弾である。
胃内でロックが解除しないように、複雑な手順を踏まないと手動の起爆は不可能なように作られている。
もしもの時は投げたあとに狙撃するしかないと思って回収したのだが、幸いにして時間はできた。
北川と芹香に動きの無いことを確認して、フランクはロックを解除した。

 『お母さん……』
作業中、聞き覚えのある少女の声が、ぽつぽつと耳に届く。
あとは左右のパーツを押し込んで、手を離せばほどなく爆発する筈だ。
そこまで来て、ようやく静けさが戻ってきた事にフランクは気が付いた。

 『……それにはまず、生き残らんとな』
そのとき耳に飛び込んだ特徴のある方言に、フランクは反応した。
さすがにこれだけ印象が強いと、聞き覚え程度では済まされないのだ。

 『居候…生きとるか?』
この声の主は、あの集団の中でもっとも好戦的な女。
往人という男と違い、話の通じる相手ではない。
右手にデザートイーグルを握り、左手の爆弾を押し込む。
ピピッと電子音がして、握り締めた拳から赤い光が漏れている。

あとは手を放して数秒後に爆発するはずだ。
準備を整えたフランクが、くるりと振り向く。


 『いくらウチでも、死に損ないの兄ちゃんを-----』
 -----目が、合った。


「居候…生きとるか?」
肩関節一個分長くなった、往人の腕を不安そうに見つめながら、晴子は尋ねる。
返事を待つまでもなく、荒い呼吸音が聞こえ、ひとまず安堵の溜息をつく。
「…ま、耕一君より活きがエエな」
「お母さん、耕一くんって誰?」
観鈴が、聞きなれない名前に耳を立てる。

「ああ、もっとボロボロなんが居ったんや」
それと比べれば、この程度、とばかりにカラリと笑う晴子。
「…ちゃんと、手当てしてあげた?
 いつもみたいに、乱暴してない?」
会ってもいない”耕一くん”のために、思いっきり不安そうな顔をして尋ねる観鈴。
失敬な奴っちゃな、と自覚のない晴子は腹を立てながら答える。
「いくらウチでも、死に損ないの兄ちゃんを-----」
言葉の途中で、晴子が固まる。

そこには、自分たちが離れ離れになった原因のひとつである、忘れもしない髭の男が立っていた。
(あいつは……!)
思考より先に、反応していた。
向こうも同じであったかもしれない。
二人の殺気が交錯する。
「……お母さん?」
駆け寄ろうとする観鈴。
「来んなっ!」
叫ぶと同時に、晴子は素早く拳銃を抜き、横へ飛ぶ。
着地すると同時に態勢を整えると、そのまま発砲した。

 タタン! ガン!
   タンタン! ガン!

四発の高い発砲音と、二発の地響きが轟く。
一瞬遅れて聞こえた着弾音と共に、ホールに異変が訪れた。
割れた窓ガラスのアルミ枠が火花を散らしてバキンと吹き飛び、更にその下の壁面にひびが入った。
もう一発は天井の石材に斜めの角度でめり込み、割れた石板がボロボロと崩れ落ちる。
「くそっ!一発くらい、当たっとれよ!」

 …からん、かつん。

妙に、軽い音がした。
壁を盾にして、文句をいう晴子の隣。
すなわち、往人が倒れている場所。
そこに、”何か”が投げ込まれていた。

 それは赤い光を放つ、小さな機械。
 ピ。
 聞こえるのは小さな電子音。
 ピピ。
 (なんやねん、コレ)
 ピピピ。
 (ひょっとして-----)
 ピピピピ…
 (-----やばいんちゃうか-----!?)

晴子は、思わず駆け出した。


【北川&芹香&往人:気絶中】
【フランク:晴子の弾が当たったかは不明。デザートイーグル&狙撃用ライフル所持】
【爆弾:あと少しで爆発。晴子が間に合うかどうかは不明】

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