俺たちは、まだ笑える
いよぅ。 俺だよ、北川だ。
みんな、あっちで元気にしているか?
俺は…散々な目に遭ってるよ。
はっきり言って、朦朧としている上に骨折しているせいか、全く余裕はない。
その上またもや、ヒゲオヤジに銃口を向けているのさ。
さっきもそうしてなかったかって? ああそうさ、デジャヴってやつだ。
…俺が、お前らと一緒に夢を見てるんじゃなければ、だけどな?
「……」
「おっさん、どうやら神様は俺を愛してらっしゃるようだぜ?」
がちゃり、と電動釘打ち機をフランクに向けながら、北川は余裕たっぷりに言い放つ。
ちょうど崩れた建物の方向へ向いているフランクの視界外、右側から狙っている状態だ。
…いや、本当は余裕なんかない。
そもそも、利き手の人差し指が折れている。だから左手一本で戦うしかない。
その上ほんのさっき、爆弾が破裂する音を聞くまで気を失っていたので、あまり頭が回らない。
「そんじゃまず、俺の銃を返してもらおうかな?
ゆっくりと左手で銃身を持って、こっちへ投げてくれ。
こんどはオッサンの長ーい脚も届かないから、無駄な抵抗は止めろよな」
「……」
フランクは髭の下に憮然とした表情を隠しながら、少々の余裕を持っていた。
この少年が自分を殺すような事はしないだろう、と。
特に理由はないのだが……殺気が、薄い。
だから先程も殺そうとはしなかったし、それは彼にも解っているだろう。
芹香が目覚めれば、なんとか交渉が効くかもしれない。
「……」
「ゆっくりと、頼むぜ」
フランクは観念し、左手でデザートイーグルの銃身を掴み、右手を放す。
ゆっくりと右を向くフランクに、北川が声をかける。
「さ、こっちへ投げて-----」
そのとき、声がした。
「誰かと思えば、北川かよ!」
往人、晴子、観鈴の三人が、崩れた建物の裏側から向かってくる。
その声に反応して振り向く北川。
「-----往人さ-----」
ズガッ!
その顔面に、巨大な鉄塊が直撃していた。
「-----痛うっ!」
同時に、身を屈めて走るフランク。
混乱して、引き金を引く北川。
「くそっ!」
…だがもちろん、釘は発射されなかった。
電源が、ないのだから。
先に晴子を認識したフランクが方針を変更し、あとから振り向いた北川の隙をついた。
つまり、デザートイーグルを顔面めがけて放り投げたのだ。
晴子が叫び、銃を構える。
「ほれ見い、居候!」
「勝ち誇んな!」
往人もM4カービンを構えようとして-----肩が、上がらなかった。
(…ちっ)
「……やめとけ、弾の無駄だ」
既にフランクは、建物の影に隠れ、おそらくそのまま距離を稼いでいるだろう。
下手に追えば、角を曲がったところを狙撃される。
そう考えて往人は晴子を制止し、北川達のところへ向かった。
晴子が芹香を起こし、観鈴が北川の治療をする。
心なしか北川の顔が緩んでる気もするが、多分気のせいだ。
ひとり周囲を警戒する往人は、頭の片隅でそんな事を考えていたりしていた。
特に背の高い建物は、要注意だ。
少年と違い、フランクはレーダーに映らないのだから。
(さっきは晴子の思い切りの良さ助けられたが…これは裏目に出たな)
苦々しい顔で、フランクとの縁を諦める往人。
(ま、お互い喧嘩してる余裕はねえだろうがよ……)
それでも最大の脅威は、少年に他ならない。
…ここで潰しあうのは、得策ではないだろう。
遠くを睨む往人の、険しい表情を見とめた者は、誰もいなかった。
「はい、おしまい」
「ああ…ありがとう」
観鈴が包帯を巻き終わり、ぽんと北川のおでこを叩く。
指には釘を添えて包帯を巻き、固定してある。
それを見ながらデザートイーグルを拾い、往人は少しだけ考えた。
「…晴子、お前の銃とこいつ、交換してくれ」
「あん?どないしたんや?」
「肩が上がらん。
両手で使う銃は無理だ-----それでお前は、こっちな。
どうせ左じゃ狙いはつかんだろうから、右手で抑えてバラ撒くことだけ考えろ」
晴子と拳銃を交換し、M4カービンを北川に渡しながら続ける。
「それと、その釘打ち機は捨てろ。
…電池はこっちで、使っちまったんだよ」
往人はそういってレーダーを振り、ニッと笑った。
「酷いな、往人さん…もうちょっとで大逆転だったんですよ?」
悪かったな、と言いながら北川の髪をくしゃくしゃと乱暴に撫でる往人。
きょとんとした表情の観鈴。 呆れ顔の晴子。 ぼーっとしている芹香。
だが、往人と北川は笑っていた。
二人は、笑っている。
ああ、そうさ。
俺たちは、まだ笑える。
心の底から、笑っていられる。
【往人 片腕上がらず。 シグ・ザウエルショート、人物探知機所持】
【晴子 デザートイーグル、伸縮式警棒所持】
【観鈴 G3A3所持】
【北川 利き腕人差し指骨折。 CD1/4、CD2/4、CD無印、M4カービン所持】
【芹香 回復】
「さて、これからどうするか、だが…北川?」
「はい?」
「なんでお前、ここに居るんだよ?」
「あー…えーと…」
いつもの滑らかさを欠いた、北川の喋りにおおよその見当をつける往人。
心なしか、視線が冷たい。
「……まあ、いい。
観鈴を”保護”しようとしてくれたのには、感謝するよ」
「だからって、ウチの観鈴に手ェ出したら容赦せえへんで」
「ちょ、ちょっとお母さん!」
…などとひと揉めあったが、再び先行きの事を相談する五人。
いや、正確には四人なのだが…
「じゃ、北川。 お前は今度こそ施設へいけ。寄り道したら、殺すぞ」
「とほほ…はいはい」
「俺たちは、あのクソガキと決着を付けなきゃならん。
…それで、芹香。 お前はどうする?」
一人だけ輪に加わらず放心している芹香に、往人が尋ねる。
「……」
「は?」
「……」
「聞こえねえよ」
「……」
「あァん?フザけてんのか?!」
少々気の短くなっている往人が、芹香を怒鳴りつける。
「お、往人さん、ちょっと待ったあ!」
慌てて間に入る北川。
「これは…ひょっとして…」
そう、ひょっとしたのだ。
…理由は街角の吐瀉物だけが、知っている。
【芹香 反転終了】