消えた光点
岩場を下り、森を抜け、山地を抜けた彼女たちを、低地の風が抱き込むように絡み付いていた。
随分涼しくなったとは言え、異様な冷気を感じさせた、あの暗く湿った山中を吹き降ろす風と
比べると、暑く感じる。
「…ほんとに、大丈夫?」
「誰に取り憑いたかも解らないのだし、もちろんその人物がどこに居るかも解らないのだから、
むやみに焦っても仕方がないわ。
無理しなくてもいいのよ?」
千鶴とあゆが、心配そうに覗き込む。
スフィーが、再び倒れていた。
ほんの一瞬だが、意識が身体から抜けてしまったかのように、ぱたりと地に伏していたのだ。
「ううん…大丈夫。
今は誰でもいいから、片っ端から取り憑いたかどうかを確認しないと…」
無理矢理立ち上がろうとするスフィー。
千鶴は、彼女をとどめようとしたが…やめた。
もし、自分が彼女の立場でも、寝てなんか居られない。
「そう…でも、まず最初に寄って欲しいところがあるの」
「それは?」
「あっちの岩場に隠れている、地下施設よ」
あそこには、レーダーがある。
施設を拠点に行動するほうが、この島をむやみに徘徊するより余程効率がいいはずだ。
戦力に限りがある以上、頼りになるのは情報のみ。
レーダーは、その際たるものなのだ。
…だが千鶴は、まだ知らない。
ほぼ時を同じくして、そのレーダーが、初音の応答を確認できなくなったという事実を。
すなわち-----初音の、死を。
「みゅ?」
「どうしたのよ、繭?」
光点の消失に反応した繭に、詠美が尋ねる。
もはや人間サマの出番は無く、CD関連は機械に任せきりで緊張感も無いままに、詠美たちは
これ以上ないくらいに、ダレまくっていた。
そんな弛緩した状態に楔を打つような、繭の発言。
「消えたよ…みゅー…」
「ええっ! ふみゅ〜ん、だ、誰よう!?
17番…20番、61番…みんな無事…だけどなんで別々なのよ…」
途方にくれる詠美。
先ほど芹香の光点が消えたのは、確認済みだった。
もしも千鶴やあゆ、それに別行動している梓のうち、誰も戻らなかったら…自分たちはどうなって
しまうのだろう。
…それを思うと、心配でたまらない。
気ばかり焦って、実際にはどうしようもない現実に、詠美は一人苛ついていた。
「あのー、詠美さん、この点ですけどー」
G.Nに用済みと放逐され、手の空いたマルチが、詠美を暗い妄想の淵から呼び戻す。
「なによっ!」
その点は、029番。
芹香が消えた位置から、まっすぐこちらに向かってきているようだった。
029…北川潤。 直接は知らない人物だった。
CDを持っているという事と、死んだ芹香に蹴られた事がある、それしか知らない。
こちらに来てくれるのは、幸運なのだが…敵か味方かは、解らないのだ。
もしもこの人物が、芹香を殺害したのなら。
どうすれば、よいのだろう?
「ふ、ふみゅ〜ん…」
「みゅー…?」
人間二人は、うめくばかりであった。
【千鶴、スフィー、あゆ、施設へ移動中。 スフィー体調不良】
【詠美、繭、北川の接近に動揺。 あまり正確に状況はつかんでいない】