二人の黄昏〜郁未と葉子〜


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考えることはたくさんあった。これからのことを。
これまでのことはもう考えない。考えないようにした。
これからの為に、あえてそうした。
いずれ、これまでのことを思い出せなくなるその時まで。

横で泥のように眠る少年を見つめながら、
時折木の柵から見える景色(というか外の様子)を探りながら。
「どこが、ゴールになるのかしら?」
参加者をすべて殺してから、なのか。
自分達が地獄に落ちるまでなのか。
神奈に会えるまで、なのか。
このゲームの終わり。
それがもう、彼女には見えない。

少年が寝入ってからしばらく――
外で、かすかに音がした気がした。
風に揺れる草の音。
(神経質になってるのかな?)

街道を移動中から、ずっと感じていた違和感。
誰かに見られているといった感覚が郁未の体を捕らえて放さない。
それは、二人を追跡する誰かなのか。
侵食していく神奈の意志なのか。

(……私はやっぱり神経質かもね)
護身用に銃を持って。
神社の引き戸を開けて、境内へと足を踏み出す。

(……)
鹿沼葉子は、じっと草陰からたたずむ神社を眺めていた。
そこには一組のカップルが休息をとっていたはずだ。
(……これから、どうしましょうか?)
思案に暮れる。今に始まったことではない。日が暮れようとする前からずっとだ。
あの少年を暗殺するチャンスをずっと狙っていた。
あの少年が持つ偽典には、重火器の類が効かない。
しかも、傷ついているとはいえ彼の運動能力は並みの人間よりも遥かに高い。
だから、まともにやりあおうという気はなかった。

暗殺。

これが一番の方法だった。
だが、その少年を護るかのように付き添う少女、天沢郁未がやっかいだった。
彼女もまた激しく傷ついているようだったが、それでも不可視の力を宿した彼女は危険な存在。
それはまあ、葉子もまた同じなのだが。怪我の具合も宿した力も。
(もうすぐ、日が暮れますね)
手にした槍を構えながら、じっと中の様子を念写するように探った。
(もちろん、念写は不可能です)
そんなことを考えながら、音を立てないように社へと近付く。
(怪我してるのでほふく前進はしません)
しゃがみながら、歩く。
(スカートが長いのでしゃがみながらは歩きにくいです)
だが、立つのは危ないのでそのまま続けた。

ベチッ!

裾を踏んずけて転んだ。
(痛い……ではなくて……)
しまった!と葉子が歯噛みした。
大した音ではないが、少年や郁未であれば今の音を聞きつけてしまうかもしれない。
(……ゴクリ)
息を潜めて、社を睨んだ。

ガラッ…
(……!!)
社の祭壇の扉が開いて、中から郁未の姿が。
(郁未さん!)
草の陰から、その姿を確認する。
少年は中で待機しているのか、それとも休んでいるのか、その姿はない。
キョロキョロと誰かを探しているようだ。
やはり、今の音が気づかれてしまったのだろうか――?

しばし、にらみ合いの時が続いた、といっても睨んでいるのは葉子だけだが。
葉子の姿は郁未からは死角になっている。そういう場所を移動したのだから当然だ。
だが、音を立てることはできず、倒れたままの格好で息を潜めることしかできない。
(不覚です…)
高槻と戦った時、いや、この島に来た時から、どうも自分はどこか抜けてしまっているように思えてならない。
郁未にはまだ気づかれてはいないが、あたりを探るように見渡す行為をやめる気配はない。
(郁未さん、本当に、あの頃のままですね)
懐かしいような思いを抱きながら、郁未を見つめた。
この島に来て、あんなにも再会を求めた少女とこんな形での再会になるとは思わなかった。
(もちろん、こんな無様に倒れた姿をしていることではありません)
目に映る郁未の姿は、本当にあの頃のままなのに。
(ちなみに、恋愛感情を抱いているわけではありません)
葉子が心から親友と呼べる相手であるから。
だから、こんな時でも、そんな思いが頭をよぎった。

「やっぱり誰もいないか…」
そう言いながら、葉子の隠れる茂みへと歩いてくる。
(見つかる……!!)
槍を握る手に力が篭もる。
今なら、郁未の暗殺は可能だろう。
いかに郁未が用心しているとはいえ、迷いなく草陰から槍を突き出せば、声を上げることもなく絶命するはずだ。
(あの少年を労せず倒すためならば…!)
ここで討つべきだと、葉子の闇がそう呟く。
柄を握り潰してしまうか、という程の力が手に集中する。
(郁未さん……)
郁未が槍の間合いに入るまで、あと2歩…
(郁未さんっ!)
あと1歩…

   ――そして再会がなったとき、無事に島を出ることが出来たなら、あの時のゲームを二人でやりましょう――




「葉子さん…」
「お久しぶりですね、郁未さん。会いたかったです…」
再会は、なった。
少し顔を赤らめながら、体についた土を払う。
「こんな格好してましたが、気にしないで下さいね」
すっ…と、音もなく立ち上がった。
犠牲は大きかった。
そしてお互いボロボロ(きちんとした手当が成されている分、見た目葉子の方がマシだが)の姿だったが。
「長かったですね。――ここに来るまで」

結局、葉子に郁未は討てなかった。
正確には、郁未の真意も知らないままに、だまし討ちなどできなかった。
脳裏には、閉鎖された空間での思い出が浮かんで、
そして、今目に映るその姿は、その瞳の輝きはあの頃と少しも変わらなくて。
だから、討てなかった。


今、二人を包む空気だけはあの頃一緒に過ごした食堂のようで。

だけど、現実は、黄昏と夜の帳が同時に降りてくる境内の中――。


【003天沢郁未 022鹿沼葉子 再会】
【048少年 熟睡中】

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