優しい宿命。


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さて、と呟いてみたが目の前で笑っている婦女子らは、小生の渋い男前の声にまるで反応する事がない。
自分の連れである来栖川芹香嬢だけが心配げな目で小生の様子を見てくれているが、
手首狩人である七瀬留美嬢やら巳間晴香嬢やらはまるで気にせず喋くっている。
「誰が手首狩人よっ!」
げしっ、と殴られる。二人から。――聞こえてるのかよ。
いやそれならマジで、頼むから。頼みますよ、お二人さん。芹香さんも同情の目は良いから、行動を。
「それでね、あたし達は潜水艦を見つけたんだけどね。なんか指紋照合とかそういうのが必要らしいのよ」
「それで高槻やらの手首を集めてきたって訳。――上手くいけば、帰れそうよ、あたしたち」
僕は潰れかけた肺の底で呼吸をしながら、嬉しい悲鳴を上げる。
間違い無く収束に向かっている。――帰れるかもしれない。
「それで、北川と芹香さんは施設に向かってるんだよね? ――どうしようか、晴香」
「あたしらは取り敢えず学校に向かうんだったんでしょ? 取り敢えず北川」
「おう」
「学校行って様子見てきたら、あたしらもそっち向かう。芹香さん、ちゃんと守りなさいよ」
「了解したぜ」

さて、誰も違和感を感じてないですね。たぶん。素敵な僕達の様子が浮かぶでしょう。
だけどですね、「了解」とか格好よく云っている僕の様子は、ちょっと母さんの想像図とは違います。

――僕達に状況を説明し、僕に命令を下す前にですね、やるべき事があるでしょうが。
おい。こら、なめんなよ、男を、え。こう見えてもてめえら犯し倒すくらいの度胸はあるんだぜ、ああん?
全部心の声である。情けない。

何をって?
いや、見れればわかるでしょうが。ああん? 判らんだと?
舐めんなよ、クソがっ。てめえらまで俺を舐めてんのか、あん?
俺はハンサムガイだぞ! 普段なら女の子の方から寄ってくるくらい! 
しかも愉快な人間だぞ! 喋らせたら止まらない、チップスターの比じゃないぞ!

……まあ良いよ、説明してやろうじゃないか。話が進まないからね。
――小生、今まるで動けないのである。何故か。理由が判るかね、ベイベ。
「あの、七瀬さん」
「何?」
……屈託無く笑わないで欲しい。
「まだ僕の上にですね、非常に重厚でかっこいい流線型の鉄の塊、人間を固定するために使われるわけではない、」
つまり、彼女らが暴れ馬のように扱ってきた――バイクが、未だに小生の上に載っているわけである。

早くどかせえええええええ! このクソアマ共がぁっ! 犯すぞっ!
――心の声である。あくまで小生はジェントルマン。

「ああ、ごめん」
軽いですよ、七瀬さん。わざとじゃなかったのかよ、つーか。
まあ、
「……慣れたけどね」
溜息を吐いて、僕は救出されるときを待っていたのである。

はぁ。

死ぬかと思ったがなんとかバイクの下から脱出である。
は、肺が痛い。肋骨が折れてるんじゃなかろうか。
もしかしたら内臓が破けてぐわぐわぐっしゃあああんって状態かも知れん。
……死なないよな、俺。
こ、こんなので死んだら泣くぞ、マジで。
ギャグ死じゃないか。――笑い死に並に格好悪い気がする。
外傷こそ大きくないし、身体が動かないわけでも無さそうだ。
――さあ、今度こそ行かなければ。
俺にはまだ使命が残っているのである。CDという――この島での俺のすべてが。

――上手く行けば、帰れそうよ。

思い浮かべるものは一つだけだ。
共に帰る事を殊に約束したわけじゃない。
ただ、一緒ににこにこぷんを見る事だけを約束した。
それはもう、為されない。
一緒に帰りたかった。二人で帰って、袋小路ジャジャ丸やピッコロやポロリ。
フリーザさんの声のポロリを見たかった。
レミィはフリーザさんで判るかな? 判んなかっただろうな。
あいつはアメリカンだからな。アメリカではフリーザさんの吹き替えは誰がやってたんだろうな?


もう、思い出しても涙は出なかった。
だけど、涙よりも重いものはあった。
それで今は十分だ。


二人でずっと考えていた。――どうやったら帰る事が出来るか?
その為の手段として、二人でモズクを食らいながら。
この、今俺の手にあるCDを解析し続けたのだ。
やっと。
やっと向かう事が出来る。
多く寄り道をした。今度こそ――俺のすべてを、そこにつぎ込む事が出来る。

「――んじゃ七瀬、巳間さん。俺ら、行くわ」
芹香さんと立ち上がると、俺は多分いつものように軽く笑って云った。
「――北川」
けれど、答えた七瀬は、らしくない表情で。
「頑張りなさいよ」
「お前もな」
小さく笑った七瀬は本当にらしくない。
晴香の表情も何処か違和感がある。俺の顔がそれ程おかしなものだったのか。
晴香が云った事は、施設に着いてからの事だった。
「施設には放送機具とか、あるんだよね? ――潜水艦の事は」
「放送しておく?」
逡巡した晴香は、唇を舐めると息を吐き、
「あたし達が来るまで、放送はしないで」
そう云った。何か考えがあるのだろう、俺は素直に頷いた。


「じゃあ、また後で落ち合おう」
手を出した七瀬。
俺はその手をがしりと掴むと。
「幸運を」
そう云って、彼女と同じように小さく笑った。

実際ガラでもないよ。グッドラック、なんて似合いそうにない。本当のところはね。
判ってるさ。あはは。
そう思いながら俺は芹香さんの手を牽き、ひた走る。
芹香さんは相変わらず無口で、殆ど会話は交わさない。
俺の口数も相当に減っていたようだった事もある。
今はお喋りをする事よりも、考え事をする事の方に力を入れたい。
彼女もそれは同じ事なのだろうと思う。
そんな事を考えているうちに丘が見えてきた。
――目的の施設に到着したのである。

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