闇へと誘う翼
――まったく益体もない。なぜじゃ? なぜ今回の贄は
こうも自ら殺しあいを続けようとする者が少ないのじゃ?
これまでの贄達は皆、最後まで殺しあっていたではないか……。
――しょせん人は己の身が一番なのであろ。自らのため他人を操り、
利用し尽くし、そして最後には裏切る、それこそが人間、おぬし達が
余にみせてきた姿ではないか……。
――違うのか、そうではないのか?。そうでは……
否否否否いなぁぁっっっっっっっ!!!!
そのようなはずなどあるまいっ!! 余は忘れてはおらぬぞ、そなたたちが余にした仕打ちをっ!!
よいであろ。そなたたちの偽善の衣を今一度、余自らの手で剥ぎ取ってくれようぞ……。
「それでは午後六時の定時放送を始める。死亡者は――四人。生き残りは後十三名だ。
021柏木初音 037来栖川芹香 040坂神蝉丸 083三井寺月代」
俺は一瞬耳を疑った。今の放送、なんて言った?
初音? いや、聞き違い
だろう。今になって体中の傷がうずきだしている。そうだ、それで幻聴が聞こえたに
違いない。そうだろ、マナちゃん、梓。
「なあ梓、今の放送……」
俺は息を呑んだ。梓が呆然とした表情で手に持ったレーダーを見ている。
そのレーダには、……さっきまで写っていた光点、初音ちゃんの番号を示していた光点が消えていた。
おいおい、冗談だろ?
こんな時に電池切れか? 初音ちゃんが死ぬなんて事あるはずが……
「初音っ、初音ぇっ」
突然梓が駆け出す。
「梓さん、待って!!」
「待てっ、梓っ!!」
半狂乱になった梓は俺たちの静止を振り切って走り出す。
「梓っっ!! くはっ……」
「耕一さんっ!!」
まだ傷は完治していない俺には梓をとめるのは難しかった。
「マナちゃん、梓を追って……」
「ダメよっ!!」
私は梓さんを追うことが出来なかった。怪我人をおいていくことなんてできない。
……ちがう、これは梓さんに対する嫉妬……。梓さんがいなくなりさえすれば
耕一さんは私の……
――そうじゃ、それでよい。それでこそ「人間」であろ……。
えっ?。今なにか……
「マナちゃんっ!?」
耕一さんの声。でも私は梓さんを……。
「マナちゃんっ!!!」
耕一さんが私の手を引き走り出す。私は、ただそれに引かれるままだった。
「初音ぇぇぇっ!!!」
西の海岸についた私が見たもの。それは無残な姿で横たわる初音の死体だった。
「誰がっ!! ちいくしょう!! いったい誰がっ!!!」
ポトッ……。何かが砂に落ちる音を聞き私は身構える。この島に来て身に付いた習慣。
……いやな習慣だ……。
「ああっ、まったく益体もない」
私が見たもの、それはこの島には不釣合いの光景…夜の帳の中、長い黒髪で巫女装束の女の子が
お手玉をしている光景だった……。先程の音は失敗して玉を砂浜に落とした音らしい。
「おまえ……、一体……? まさか管理人かっ!?」
この島に来て身についた嫌な風習その2。人を疑うこと……。なんて嫌な女なんだ、私は……。
「余か?。そうじゃの、そうであるともいえるし、ないともいえる」
女の子はお手玉を続けようとし…、また失敗していた。不器用だな…、まるで千鶴姉のようだ…。
「それよりそなた、知りたくはないかの?」
「えっ……?」
「そこに倒れる少女を殺めた存在を…じゃよ」
女の子はお手玉をやめることなく尋ねてきた。
「知っているのか……?」
あの子は自分の妹として贔屓目にみていることを差し引いても本当にいい子で…
なのに何故死ななければならないんだ……許せない、ユルセ……。
その時、その女の子がニコッと一瞬笑ったような気がして……
次の瞬間だった。
砂浜に二人の人物――片方は初音でもう片方は知らない青年だった――がいる。
「あ、彰お兄ちゃ……」
初音が心配げな声を青年にかけた。次の瞬間、青年は初音に組み付く。
そして彼は初音を砂浜へ押し倒し、その細い首をしめた。
青年の表情はうかがいしれない。ただ分かるのは……
「あきら――お兄ちゃん」
ただひたすらもの悲しく聞こえる初音の声だけだった……。
次に見たもの……。それはどこかさみしげな表情で砂浜に横たわる、初音の死体だった……。
「……そんな、初音は……、ちくしょうっ!!」
次から次へと頭の中にヴィジョンが流れ込んでくる……。初音だけではない……みんなが死んでいくさま。
自分は見ていないはずの光景。なにかがおかしい。でも……
抗うことは出来なかった
――わかったであろ。人とはこのようなものよ……。口ではなんとでも申すが最後は己が身の
可愛さにいかようにも動く存在……。
「ちくしょう…」
――怒るがよい、恨むがよい、絶望するがよい……。なにも遠慮などはいらぬ。それこそが人の本性であろうからの。
「ちくしぉぉぉぉぉっ!!」
梓は駆け出す。頭は混乱していた。衝動が抑えられない。
ずっと耐えていた。みんなを信じたかった。でも、楓が死んで、そして今ここで初音も……。
これまでなんとか保っていた理性の糸がぷっつりと切れ、彼女は今無我夢中で走ることしか
出来なくなってしまっていた……。
梓さんに追いつきたくない、いやそんなことではダメ……。二つの気持ちが私の中で激しくぶつかりあう中、
なんとか私たちは海岸に辿り着いていた。そこで私たちが見たものは……
「マナちゃんっ!?」
「しっ!。静かに耕一さんっ」
梓さんが誰かと話している。私たちは木陰からそれを見守り……えっ?、梓さんが話し掛けているのは
虚空。誰もいない、誰もいないのに……?
「知っているのか……?」
虚空に向かい梓さんは問い掛ける。もちろん返答はない。それなのに……。
「……そんな、初音は……、ちくしょうっ!!」
「ちくしょう……」
「ちくしぉぉぉぉぉっ!!」
そういって梓さんは駆け出す。
私はもう一度梓さんが語りかけていた方へと目をやる。もちろんそこには何もない。何も存在しない
「おっ、おいっ、梓! 梓ぁぁっ!!」
耕一さんの必死の叫びもとどかず、梓さんは走り去っていった。
でも私は、それを見て、どこかほっとして…………その時、私は、誰かが語りかけてくるのを聞いたような気がした……。
――そうじゃ……、それでよい、それでよい……。
【020柏木梓 いずこかへ走り去る】
【019柏木耕一 088観月マナ これからの行動は?】