死ぬわけにはいかない
郁未の亡骸を見下ろす。
往人も観鈴も、何も喋ることはできなかった。
無言のまま郁未の持っていた散弾銃を拾い上げて、
「!?」
悪い予感がした、とても悪い予感が。
郁未の命を奪ったばかりのシグ・ザウエルで、背後へ発砲する。
何かを狙ったわけではない、乱雑だった。
遅れて自分も振り向くと、
「驚いた。勘がいいんだね」
いつの間にか黒い悪魔が、ベレッタを構えながら、微笑みを浮かべていた。
「……観鈴」
少年を狙う武器を散弾銃に変えながら言う。背中には嫌な汗が滲んでいた。
「逃げろ。どこだっていいから、逃げろ」
「え?」
「お前が本当に誰も撃てないってことはわかった。だったらこの場にいない方がいい」
足手纏いになるから、と、心のなかで呟く。もし観鈴を人質にとられたらこっちにはどうしようもなかった。そしてこれは嫌な考えだが、この状態で自分が殺された場合、観鈴は絶対に逃げられない。観鈴から目を離すことになるのは晴子に申し訳がないが、ここにいない方が生き延びる確立が高いのではないかとも思う。
「で、でも、お母さん……」
「後で一緒に来ればいいから、今は早く逃げろ」
「いいのかな?」
少年が口を挟む。その口調は、どこまでも軽い。
「逃げる背中を、僕が撃つかもしれないよ?」
「そうしたら俺がお前を撃つのはわかってるだろ。お前はまだ死ぬわけにはいかないはずだ。だからお前は、観鈴を撃てない」
その返事に言葉を返さず、ただ肩をすくめるだけ。
「……わかった……」
今の会話で自分が足手纏いだということを実感せきたのだろう。観鈴は首を縦に振った。
「絶対に死ぬんじゃないぞ。それから……」
もう、ここには戻ってくるな
「……行ったみたいだね」
「……」
「君は一つ間違ったことを言った。姫君はもう降りてきている。今も島を引っ掻き回してるんじゃないかな? だから僕の役目はあらかた終わったようなものだよ。もっとも……」
一度言葉を切る。
「死ぬつもりはないけどね」
「俺も観鈴のお守があるしな。それと姫君を殺すように頼まれてる。死ぬわけにはいかないな」
長い間のにらみ合い。
いつからか、ゲーム開始から二度目の雨が、二人の間にカーテンを敷いていた。
二人とも動かない。
きっかけを待っている、引き金を引くきっかけを。
(随分我慢強いんだね)
(精神だけはタフだからな)
空を被う黒雲は、ますます濃くなってゆく。
雷鳴もする。
訪れた闇が、二人の姿を覆い隠す。
そして、時間は過ぎて――