ひとりぼっち


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「往人さんっ!」

 神尾観鈴は雷光の中に国崎往人の姿を認めるや否や、駆けだしていた。
 雨で濡れていた地面に足を取られ、無様に転ぶ。
 だがそれでも、彼女はすぐに立ち上がり、また駆けだしていた。

 大した時間をかけずして、彼の下へと辿り着く。
 往人の肩を揺さぶり、うわごとのように呼びかけ続ける。

「往人さん、往人さん――」

 この場で何があったのか。そしてどうなったのか――
そんなことは分からなかったし、分かる必要もなかった。
 重要なことはただ一つ。
 往人の胸元についている、ちっぽけな、つまらない傷。
 こんなつまらない傷が、彼の――

「往人さん、往人さん――」



 認めなければならない。



 彼の、命を奪ったのだ。



「う、う、うああ――」

 癇癪を起こして激しく泣き出そうとした、その時だった。
 彼の身体は光に包まれ、文字通り消失し始める。
 彼の肩を掴んでいた手から、重みも、感触すらも失せる。
あまりに圧倒的な喪失感だった。
 もし神などというものが存在するとしたら、その神とやらは
自分が彼の胸の上で泣き叫ぶことすら許さないのだろうか?

「あ――」

 その身体が完全に消失した後に残されたのは、彼が愛用していた
人形のみだった。それを手に取り、胸に抱える。
 泣くことはできない。
 全てを失った。晴子も、往人も、もういない。
 本当のひとりぼっちになってしまったのだ。
 だから、今までの癇癪とは違った。もう誰もいない彼女には、
すすり泣くことすらできなかった。

「…………」

 つい先刻、往人は『強い子だから撃てなかった』と言っていた。
だがそれは、強さと呼べるものなのだろうか?
 自分がもっとしっかりしていれば――端的に言えば、撃たなければ
ならない時に撃ててさえいれば、この現実は変わっていたかもしれない
のではないか?
 それ以前に、二人とも強い人だった。あるいは――そもそも自分さえ
いなければ、晴子も往人も生き残れたのではないか?

「……わたしの、せい?」

――その通り。余の、せいじゃ。

 その声は、観鈴の耳に唐突に入ってきていた。観鈴の今の状態では、
聞こえてはいてもそれを認識することはできなかったが。
 声の主は彼女の抱える人形を一瞥し――そして判断した。この少女の
手にある限り、人形は完全に無力だろうと。彼女は自分と同じなのだから。
だから放っておくことにした。



 後に残されたのは、いくつかの死体と、その場にたたずむ一人の少女。雨。

 あとは人形。
――親友達の仇を討つために修羅の道を選んだ雪見。
――強い意志をもって、最期まで強く生き続けた智子。
――母として、本当の家族として、常に観鈴のことを想ってきた晴子。
――そして、今まで継がれてきた法術使いの想いと、自身の想いを残した往人。
 その身に余る多くの、そして大きな想いを抱えた、ちっぽけな人形。



【神尾観鈴、人形を手に。ただし現状のままでは使用できない】

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