七瀬の不安
始めに雷雲がたちこめ、雨と共に、木々に叩きつける怒槌が響き渡っていた。
続いて光が空を満たし、夢のように晴れ渡った青空が顔を出した。
そして今度は、沈む夕陽が、その美しさを披露しようとするなり、再びの土砂降りとなっている。
めまぐるしく変わる天候は、その下にいる人間の都合など、おかまいなしなのだ。
しかし、二人の不機嫌は、天候ばかりが原因ではない。
「……参ったわね」
腰に手を当てて、天を仰ぎながら呟いたのは、七瀬留美。
「…とにかく、どこか雨を凌げるところを探しましょ」
首筋に手を当てながら、先に歩き始めたのは、巳間晴香。
二人は潜水艇を発見し、その悪趣味な鍵を手に入れている。
結果を報告すべく、市街地の一室に立ち戻るも、そこは無人であった。
おそらく小学校へ向かったのだろうと結論し、市街地を南へ抜けたところで、死亡報告が流れた。
月代と、蝉丸。
そして-----初音。
耳を、疑った。
自分たちが出発した時、既に離脱していた彰を除けば、耕一とマナの二人しか残っていないということになる。
あの場に何かがあった事は、間違いない。
月代と蝉丸は、放送施設を発見して、そちらでアクシデントがあったのだろう。
しかし初音は…どうしたのだろうか。
少なくとも、この死亡報告によって、蝉丸の放送は無駄になった。
収集をかけた本人が死んでしまっては、小学校へ向かう事に不安を感じないわけがない。
「ご破算、ね」
「うん-----どうしよっか?」
「北川たちぐらいしか、所在が判らないわ。
とりあえずアイツが向かうと言っていた、岩山の施設とやらに行くしかないでしょうね」
雨の中を歩きながら、晴香は首筋をほぐしている。
先ほどから、身体の不調を訴えていたので、七瀬は不安げに尋ねた。
「…晴香、具合悪いの?」
「うん……実は、相当やばかったんだけど」
「やばい?」
「幻聴、ってーの?
なんだか頭の中に、ババア言葉の小娘が住み着いた感じでさ」
「はあ?」
「”脆いものよの”とか、”弱いものじゃ”とか-----」
「晴香……
七瀬が心配そうに、晴香の額に手を伸ばす。
……アタマ、大丈夫?」
「うっさいわね!!
アンタにアタマ限定で心配されると、無性に腹が立つわ!」
雨足が強くなる。
夕陽を遮った雨雲と、激しい降雨が視界を狭め、二人をずぶ濡れにする。
一通りいつもの口喧嘩を終えた二人の頭を冷やすのにも、十分な量の雨だ。
「…それで、今はどうなのよ?」
なんだかんだで心配している七瀬が、再び話題を引き戻す。
「うん、それがさ。
さっきの放送が終わった後くらいかな?
すうっと耳鳴りが収まったのよ」
「それならいいけど…って、うわっ!」
雨が、完全に土砂降りの様相を帯びてきた。
隣同士の会話すら、大声でないとままならない。
「七瀬!早くどっかに雨宿りしよう!
さすがに、これは酷すぎるわ!」
歩く余裕すらなく、二人は走り出した。
「晴香、あれ見て!」
しばらく走ったところで、七瀬が叫ぶ。
何か見えた。朱い構え。
「鳥居……?」
「神社なら、雨宿りできるでしょ」
神社という宗教色の濃い建造物を前に、ふと教会での出来事を思い出した。
晴香はひとり、皮肉な笑いを浮かべる。
「……鳥居、ねえ。
ま、十字架の神様には酷い目に会わされたから、宗旨変えも悪くないわね」
「晴香……
七瀬が不安そうに、晴香の額に手を伸ばす。
……アタマ、大丈夫?」
「しつっこいわね!!
アンタ、他人のアタマの心配をする前に、自分のアタマの心配をしなさいよ!」
降りしきる雨だけが。
二人の頭を冷やしていた。
【七瀬留美、巳間晴香、神社へ】