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紅い瞳


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酷く落ち込んだ、湿った声で。
腐った死体のように、ずるずると。
青年は泣きながら、いつまでも後悔と自傷の言葉を繰り返していた。

見下ろす千鶴が、長い逡巡の時を経て、ようやく口を開く。
何かを悔いた、悲しげな表情で。
「こころを-----」
彰と千鶴の間に、ぽつりと雫が落ちる。
水滴が岩場の隙間に吸い込まれると共に、彰は沈黙する。
気がつけば朱色の空が、藍色の闇に変わっていた。

千鶴がゆっくりと、ひとつひとつの単語を噛み締めるように、言い聞かせる。
「こころを、強く-----持ちなさい」
「……?」
「街で初音に撃たれた時…初音の隣にいたのは、あなたでしょう?」
「-----はい」

雨が降り始めた。
カーテンレールが鳴るように、さああ、という音が千鶴達を包み込む。
「わたしも…初音の隣に、居たかった。
 そうして…あの笑顔を、向けて欲しかった」
「……」
彰は、遠い心の闇の中から、微かな光を掘り起こす。
あの-----春の日向のような、爽やかな、明るい-----笑顔。

しかしその姉は、暗い顔をしたまま、言葉を紡ぐ。
「……でもね」
「……?」
「逆を言えば、”笑いかけてもらえないなら、隣に居られない”事になってしまうのよ」
彰はどきん、と大きく心臓を一拍させる。
かつて自分が揺らいだのは、何故か。
それを-----多分、そのような事を、この人は言っている。

「初音を助けようとする意志に、自らの希望を重ねること。
 それは既にして-----邪念、なのよ」
二人は降りしきる水幕をものともせず、睨みあう。
「…わたしも同じ過ちを犯して、失敗したわ」


彰は、息を飲む。
僕は、初音ちゃんを傷つけないために、一人で居ようとしていた。
だから最後に出会ったとき、お別れの言葉を送りたかった。
彼女が、生き残るために。
幸せに、生きて行くために。
それを-----それをこの人は、邪念というのか。

それなら僕は、あそこで初音ちゃんと出会う前に、自殺していればよかったという事になる。
初音ちゃんの幸せは、僕と共に居ることだったというのに。
認められない。
正しいとは、思えない。

切れた電球が、何かの拍子に明るく輝くように、彰は激昂した。
「そんなこと-----!!」
この人は、化け物だ。
そんな考え方が、人間に出来るものか。
 
 
「そんなこと-----出来ない?」
千鶴は静かに、彰の言葉を繋げた。
笑っては、いない。

「それでも、やるのよ。
 神奈を倒す、それだけを-----全てを捨てて-----考えなさい」
しかし、怒りの表情もなく。 

「それが出来ないなら、一人でどこへなりと行くがいいわ」
今や、悲しみさえ匂わせず。

「やり遂げる意志が、あるならば」
目だけを光らせて。

「このわたしが----あなたごとでも-----斬ってみせるわ」
そう、言い切った。

全ては、千鶴の誓いでもあった。
そして鞘に収めた刀を、彰の目の前にかざす。


雨足が、強くなる。
滝のような、雨。
彰の視界に明瞭に映るのは、もはや目の前の刀だけだ。
そしてその奥の、二つの瞳。
鬼の瞳。
紅い瞳。
彰は、その輝きを睨みつける。

刀を握った千鶴の手を、己の両手で包み込み-----刀を、掴む。
その手から鞘を滴る雨が、血のように紅く反射する。

僕にはもう、残すべきものなど何もない。
解ってたじゃないか。
それに、認められない事こそが-----邪念なのかもしれない。
だから。
だから僕は、どんな事でも誓ってみせる。

「僕は-----神奈を、倒します。
 僕の、全てを賭けて-----」

全てを賭けて。
全てを、捨てて。

そう言いきった彰の瞳は。
千鶴と同じ、血の紅だった。
 
 
 
しかし、このとき起こった事実を-----二人は知らない。

その修羅の誓いこそが、神奈を遠ざけることを。
そして彰の中の、乱れた意志さえ統一させることを。

本人も気づかぬまま、二人を見つめるスフィーの瞳を。
今やあゆと同じ程度に、小さくなっている彼女の姿を。

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