泣くということ


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二人が足早に鳥居をくぐったころには、雨足が弱まり始めていた。
この程度の降りならば、再び転進し施設に向かってしまうところなのだが-----

 -----死体を、見つけた。

「これ…葉子…さん、だね」
「そんな…どうして…?」

どうして死んでしまったのか。
そして、どうしてこんな所に居るのか。

「晴香、あっちにも!」
「い-----郁未っ!!
 それに、コイツは…」
こいつは、あの少年だ。
良祐。
あかり、智子、マルチ。
そして由依、葉子さん、郁未、少年。
次々と、次々と死んでいく。
「一体、誰がっ!?」
郁未の傍らに膝をつき、地面を叩く。
十字架も、鳥居も、晴香を祝福してはくれなかった。
もともと、期待などしてはいなかった。
だから恨む気なんか、さらさら無い。

でも、どうして。
どうしてここで-----みんな死んでしまったのだろう。
考える。
考えたところで-----答なんか、出なかった。

 一滴の、涙すら出ないように。


「ねえ、七瀬」
「-----なあに?」
郁未の顔を見たまま、七瀬の名を呼ぶと、たっぷり空白の間をあけて返事があった。
微かに口元を緩めて、アタシは尋ねる。
「アンタは卒業式の時、泣いたクチ?」

話題が飛躍したせいか、七瀬の間は更に大きかった。
「-----なによ、いきなり」
「…アタシは泣いたこと、ないわ」

ようやく理解したのだろう、そして理解したがために、やはり間を大きくとって答える。
「-----そう。
 いいんじゃない、別に」
「いい、のかな?」
「うん。
 別に泣くだけが-----悲しい、ってことじゃ、ないでしょう?」

今度はアタシが、たっぷりと間をあけた。
言葉が自分の中で、受け入れられたかどうか、考えていたからだ。
「うん-----そう、だね」
「そうだよ」
間髪入れずに、七瀬が相槌を打つ。
「そっか……」
「…うん」
もう一度相槌を打つと、それきり七瀬は黙って、どこかへ歩き始めた。
多分、周辺を見回りにいったのだろう。

しばらく、郁未の顔を眺めていた。
たぶん、七瀬が一回りした頃。
ふと、視界が滲んだ。
(-----あ)
雨のせいじゃない。
目を瞑る。
今は駄目だ。
まだ、駄目だ。

鼻を啜る。
目の奥に力を込めて、ゆっくりと瞼を開く。

 まだ、駄目だ。 
 泣いてる場合じゃ、ないはずだ。

 「さよなら」
 短く祈って、アタシは自分の心と折り合いをつけた。


郁未の死体を前に、考えこむように座るアタシをそのままにして、七瀬は周囲を見て回っていた。
一周して戻っても、まだ同じ体勢で、アタシは沈黙していた。
「…晴香。あっちにも、死体があったわ。
 刺殺だったり、銃殺だったり。
 使われた銃も、同じものとは思えないわ」

七瀬の声に応えて、死体を確認するために、立ち上がる。
腹部にごっそりと被弾した、知らない女性の死体。
拳銃弾で、こんなふうになるとは思えないから、七瀬の意見は正しいだろう。
「…それにしては、武器がひとつも無いのね」
「葉子さんの槍の破片はあったけど…銃は一つも無いわ」

ふと、七瀬の持っている布切れに目をやる。
「ねえ七瀬、その汚いのは何?」
「ん?ああ、これ-----見覚え、ない?」
広げると、それは黒のハイネックだった。
そしてズボン。
「……それって……」
「うん、大きさといい、色といい、国崎さんの服に似てない?」
「多分、そうだよね。
 やっぱり、何もないの?」
「ポケットにねじ込んでた、人形すらないわ。
 例のレーダーもね」

そこまで言って、二人で顔を見合わせる。
「じゃあ、なによ?
 国崎さんが全裸で周辺の武器をかき集め、人形だけもっていったとでも?」
「……いくら北川と仲がいいからって、それはないと思う。
 それに、この穴、見て」
「-----弾の跡?
 血が、ついてるわね…」
この位置は、まずい。
これだけ死体があれば、国崎さんも助かるとは限らない激戦だったのだろうし、もしもこの服を
着ていたなら…死んでいるだろう。
すると、身包みはがされた国崎さんの死体が、どこか近くにあるのだろうか?
しかし何故、あの人形を持って行ったのだろうか?


解らないことが、多すぎる。
二人は、少し離れたところも捜すことにした。
さほど時間の経たぬうちに、茂みの中に異変を発見する。
(…晴香…あれ、見て)
(ん?なあに?)

七瀬の言うがままに、視線を移す。
何かの光が、ぼんやりと見えた。
(…国崎さんの、レーダーじゃないかな?)
(じゃあアタシたちの位置、向こうからはバレバレじゃない)
今更ながら、体勢を低くしてみる。
声を小さくしているのも、かなり無意味っぽいのだが。

(…なんで、反応ないのかしら?)
(会話を聞いて迷っている、ってとこじゃない?
 少なくとも、郁未や国崎さんの敵じゃないっぽいわね……)
もちろんアタシたちだと判っていても顔を出さない以上、国崎さんではあり得ない。

そこでピン、とくる。
(国崎さん…”観鈴たち”、とか言ってたっけ?)
(うん、”女の子と関西弁のオバサ”-----さっきの人、かな?)
腹部に被弾した女性は、それなりの年上に見えた。
国崎さんが探していた二人の女性なら、人形を持っていっても不思議は(あまり)ない。

意思の統一を果たし、頷き合うと、二人は各々大きく孤を描いて、光の発信源を挟み込んだ。
急激な立場の悪化に、光る対象が、がさりと動揺の物音を立てる。

だが、もう遅い。
二人で銃を構え、立ち上がる。
「……と、いうわけで」
「何考えてんだか解んないけど、手を上げて出てきて頂戴。
 観鈴さんだか、もう一人だかなら、悪いようにはしないわよ」


手を上げて出てきたのは、同年代の女の子。
立ち上がりながら、アタシ達の推理に裏づけをしてくれた。
「神尾-----観鈴、です」

ちょっと面食らいつつ、武装を解除させる。
驚いたのは、彼女が泣いていたからだ。
そして涙を流したまま、ぽつりと言った。
「泣いても-----いいと思う」

「「…………」」
あまりに場違いな発言。
むしろアタシたちのほうが、固まってしまう。
そんな驚きをよそに、全ての(呆れるほどたくさんの)武器を落とすと、彼女は言葉を繋げた。
「今泣かないで…いつ泣くっていうんですか?」

心配そうに、七瀬が表情を窺っている。
大丈夫、キレやしない。
落ち着いて、ゆっくりと、アタシは答えた。

 「うん-----そうだね」

さっきと似たような返事。
でも、もう立ち止まりはしない。
 
 「せっかくだから、アンタがさ。
  アタシのぶんも-----泣いてくれる?」

彼女の涙の筋が、綺麗に見えた。
…そう言えば雨が、止んでいる。

 (アタシは、今まで泣かなかったから。
  だから、今だけ泣くわけには-----いかないよ)

夕陽の残り日が、僅かに照らしつけていた。



【神尾観鈴、巳間晴香、七瀬留美、合流】

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