チェシャ猫〜再び裏舞台へ〜
(ああ、なんだか凄い疲れてる…。
眠ったのにもっと疲れてるなんて…。まぶたが重い……)
マナは目を閉じたまま微かに身体を動かす。
が、やはりもうしばらくは動き回れそうにないのを悟り、その動きを止めた。
「気づいたか……」
聞いたことの無い男の声に、マナがハッとする。
彼女のすぐ近くには男がいた。
(目を開けたい……)
そう思い、まぶたを開くために力を入れるマナ。
生きている間に、こんな事態にめぐり合うとは思ってもいなかったろう。
まぶたを開くために力を入れなくてはならないなどという事態。
いや、彼女はこの島に来てからなら幾度か考えていたかもしれない。
「……誰…?」
半開きの眼、滲む視界。
微かに動く口で声を発する。
「見た目ひ弱そうな、女顔の少年を知らないか?」
男が返した答えはマナの知りたかったものではない。
というか答えですらなかった。
(女顔…?)
彼女はほぼ無意識で、その質問のために頭を働かせる。
しかしどれも明確なビジョンにならない。
思い出される知人の顔は、どれもグニャグニャと歪んでいる。
しばらくマナが沈黙していると、男はあきらめたようにその場で立ちあがった。
いまだに動くこともままならない彼女を見下ろし、言う。
「ある程度毒は中和できたと思うが…。まぁがんばるんだな……」
(毒……?)
その単語だけがスムーズに彼女の頭へ入っていく。
(そうだ。毒で倒れたんだ……)
意識を失う前にそう推理したことが思い出された。
毒で倒れ、知らぬ男に手当てされ、その男が目の前にいる。
それが彼女の身に起きたこと。
とりあえず男に敵意が無いと悟った彼女は、半開きの目を再び閉じた。
――シュッ――
男は煙草をくわえ、ライターで火をつけようとする。
「ん……」
火がつかない。
雨に濡れた際に湿ってしまっていた。
くしゃりと箱ごと握りつぶすと、それを地面に捨てる。
「助けてくれて…ありがと……」
マナが言う。
一応とはいえ、まだ殺し合いゲームは続いているのだ。
その中でやさしさを向けてくれた男。
「ふん…。気まぐれだ」
男は平然とそう言い、自分のバッグに広げていた荷物を詰める。
そして無言で立ち去ろうとする。
――強くなければ生きられない――
(彼女の今の体力で、どれだけ生き延びられるだろうか)
そんな心配が男の頭に微かによぎった.
だが彼にしてみれば元々関係の無いこと。
毒の中和は、たまたま手持ちの品で応急処置できそうだったから気が向いたにすぎない。
「…ありがと……」
立ち去る高野の後ろから再び礼…。
――優しくなければ生きていく資格がない――
眠るマナ。
その横に非常食。
【高野は418話の施設から、充分な物資を持ち出したと思われます】