みんな、結末を目指して……


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「それで、グレート・長瀬さん……でしたっけ? 私たちに協力して
 頂けないでしょうか」
 岩山地下施設コンピュータルーム。先程、柏木千鶴、スフィー、月宮あゆ、
 七瀬彰の4名も到着していた。
 その直前に辿り着いていた北川潤&来栖川芹香、元からいた大庭詠美、
 椎名繭も加えると総勢8名、実に生き残っている参加者の
 半分以上がここに集結したことになる。

「だめじゃ、ワシはまがりなりにもこのゲームの管理者。参加者たる
 おぬし達に協力はできんよ」
 先程から問答を続けてるのは柏木千鶴と、この施設のコンピュータで
 現在実質的にこのゲームを管理している擬似人格「グレート・長瀬」
(通称G.N.)だった。
「ですが私たちはこれ以上殺し合いを続ける気はありません。それに……」
「ええぃ、協力せん! 協力せん! 協力せんたら
 協力せんのじゃぁぁぁ!!!」

 カシャン………。その時なにかが割れる音がした。

「あらいやだ、私ったらコーヒーカップ落としちゃったわ」
「ぬぉぉぉぉっ! なんてことするんじゃ、はやく拭かんかいぃぃぃ!!」
 みると千鶴のコーヒーがG.N.のコンソールに派手にぶちまけられている。
「……はい、千鶴さん。かわりのコーヒーと布巾だよ」
「あら、あゆちゃんありがとう。それでなのですがグレート・長瀬さん、私達はあなたの協力を得たいと……」
「だから駄目だといって……ぬぉぉぉっ!!!」
「あらいやだ、今度は砂糖壺をたおしちゃったみたい。私ったらどじねえ」
 てへっ。そんな感じで舌をだす千鶴。
(うぐぅ……。千鶴さん、目が笑ってないよう……)
(ふみゅ〜ん……)
(………出来る…)
 他の者はそれを黙って見守ることしか出来ない。



「あなたにこのゲームを止め、外と連絡することは出来ないということですか……」
「すまんのう、千鶴嬢ちゃん。しょせんワシはしがないプログラムでしかないからのう」
 13杯目のコーヒーのおかわりの後、G.N.との交渉が再開されていた。
「なあ……、千鶴さんって嬢ちゃんって年じゃないと思うんだが」
「…………」
 北川の小声の突っ込みに
(うぐぅ、今部屋の温度が少し下がったみたいだけど………きっと気のせいだよね)
「ならばこのゲームを止めるにはどうなればよいのでしょう?」
「そうじゃの、参加者が一人を除いて全員死亡しかないじゃろうのう」
 こころもち冷たい千鶴の声に、先程とは打って変わり協力的なG.N.が答える。
「死亡判定はどのように行っているのです?」
「おぬしたちの体内にある爆弾を使ってじゃよ」
「でしょうね」
 そこで千鶴はにこっと笑った。
「でしたら私たちのように、一人を除いてみんなが爆弾を吐き出してしまえば吐き出した人は
 死亡扱いになるので生き残りは一人、つまりあなたのプログラム上ではゲーム終了となるわけではありませんか?」
「………少し待ってくれい。……ふぅむ、問題はないようじゃな」
「ありがとうございます。さてと……」
 ゆっくりと千鶴が振り返る。
「この中でまだ爆弾もってるのは北川くんとスフィーさんね……。まずは北川くんから吐き出してもらおうかしら。
 みんな、ちょっと北川くんをおさえておいてもらえます?」
 次の瞬間みんなにとり押さえられる北川。
「えっ……あの、ちょっと」
「ごめんなさいね、北川くん……。これもこのゲームを終わらせるためなの……」
 硬く握り締められる千鶴の拳。その顔は、何故か少し嬉しそうだった……。



 北川は床に伸びていた。他の者は少し離れたところにかたまってなにやら話をしている。
 千鶴ひとりG.N.のコンソールの前に座り、先程北川から取り出した爆弾――もちろん念入りに洗っている――
 をいじっていた。本当はスフィーからも取り出したかったのだが、何故かみんなから止められている。
 まああの子は女の子だし、それに衰弱も結構激しいようだから今すぐでなくてもいいだろう。
「千鶴さん、おかわりと……はい」
「あらクッキー……。ありがとう、あゆちゃん」
 気が付くと横にあゆが立っていた。



「あの……千鶴さん、ひとつ聞きたいんだけど……神奈……さんだっけ。その事はどうするの?」
 あゆの疑問、それは当然だろう。確かにいま北川の持ってきたCDの解析は進めている。だが先程のG.N.との
 やりとり。そこには神奈――おそらく今回の元凶にて捨て置けない存在――のことは一言もでてこなかった。
 まるで、そんなものはじめからなかったかのように……。
「……あゆちゃん、あなたはそんなこと気にしなくてもいいのよ」
「えっ……?」
「もうすぐこのくだらない出来事は終わります。そうしたら先にあなた達は帰りなさい。あなたたちを
 待っている人のもとに」
「……」
「あとのことは気にしなくてもいいのよ。あとは私たちが必ず決着をつけます」
 そういって千鶴はちらりと彰の方――彼は皆と離れてひとりたたずんでいた――を見る。
「だから、あゆちゃんたちは先にこの島から戻っておいてね。ほら、あなたのお母さんも心配してるわよ」
 それは千鶴のまぎれもない本心だった。この決着、それは凄惨なものとなる予感がする。だから
 そこにいるのは私たちで十分、あゆちゃんみたいな優しい人たちはそこにいる必要が無い。そうでしょ、あゆちゃん。
 あなたも早く日常に戻りたいわよね。「戻りたい」、そう一言言ってくれさえすれば私達は……。
 だが彼女の返答は千鶴の予想を越えていた。

「千鶴さん……、ボクね、お母さんいないんだよ……。ボク、もう帰る場所ないんだ……」



 なにかが溢れ出るように、そして淡々とあゆは言葉を紡ぎ出す。
「ほんとはね、ボク、来月から秋子さん……水瀬秋子さんの子供になるんだったんだ……」
 水瀬秋子……覚えている。自分がこの島で戦った相手。そして今は既に死んでいた。
「ボクの本当のお母さん……ボクが小さい時に死んじゃって……ボクその時本当に悲しくて……」
 無感動に続けるあゆ。
「どうしょうもなく悲しかったその時、ボクは祐一くん……相沢祐一くんと出会ったんだよ……」
 すっと、あゆはポケットから何かを取り出す。それは天使の姿をした人形だった。彼女はすこしそれに
 目をやり、言葉を続ける。
「死にたいくらい悲しかったんだけど、ボクは祐一くんと出会って、すこしその悲しみも楽になって……。
 でもね、ボクどじだから……祐一くんが街を離れる日……ボク木から落っこちて……死んじゃった……」
 はっとなり、千鶴はあゆの表情を見る。あゆの表情、彼女の目にはいつのまにか涙がたまっていた。



「でもね……」
 あゆは続ける。
「木から落ちて、ボクお空に昇っていったんだけど、ああもう戻れないなあって思ったその時、出会ったんだよ……。
 天使さんに」
「天使……?」
「うん、天使さん。よくは覚えてなんだけど、とっても綺麗な白い羽をした天使さん。その子とね、ずっと話をしてた……」
 ここになってようやくすこし元気になるあゆの声。
「それでね、気が付いたら元いた街にいて、祐一くん達とも再会できて、
 いろいろあったけどボク生き返ること出来たみたい……」
「…………」
「でも、お母さんはやっぱしいなくなっていて、やっぱしボクはひとりぼっちなのかなぁって思ってたら、
 秋子さんが言ってくれたんだ。『あゆちゃん、もしよければうちの子にならない?』って……」



「それでね……ここに来る直前、秋子さんが『せっかくあゆちゃんがうちの子になるんだから、その記念に
 パーティーしましょう』って提案してくれて……、それでみんな……名雪さん、真琴ちゃん、美汐ちゃん、
 栞ちゃん、香里さん、北川さん、舞さん、佐祐理さん、そして祐一くんとかみんなが集まってくれて……
 『わあ、とっても楽しいよ、祐一くん、ボクもう死んでもいいよっ』って言ったら祐一くんに
 『ばかっ』って言われて……、それでも楽しくてはしゃいでたら何故か眠くなっちゃって気がついたら……」
 なにかを吐き出すかのようにあゆは言う。

「ここにいた」



 千鶴はあゆになんていったらいいのか分からないでいた。ふと見てみると、あゆの肩が小刻みに震えている。
「あゆちゃん……」
「千鶴さん……どうして……えぐっ………どうして、みんな死んじゃったの。? どうしてこんなことに
 なっちゃったの……どうして!?」
 小さく嗚咽をあげるあゆ。千鶴は気がついた。あゆは、いやあゆもこんな小さな体でずっと戦っていた、本当に
 必死になって戦っていた事を。そしてそうである以上、中途半端な決着――みんなを置いて先にここを去るような――
 それは彼女にとって絶対に出来ないことだということを。それともうひとつ……
「あゆちゃん……死ぬ気?」
「千鶴さん……さっきの話、聞こえていた。……死ぬのは怖いけど……ほら、ボクを待ってる人、もう誰もいないから……」
 いつしかあゆは泣き止んでいた。彼女は真っ赤になった目を千鶴に向けている。そこにあるのは明確な意思。
「だめよ、あゆちゃん……」
「いいんだよ、千鶴さん。……ほら、それにさっきいったでしょ。ボク一度死んじゃってるしね」
 おどけた調子であゆは言う。本当にこの子は……
「あゆちゃん、あなたが死んだら、私が悲しいわ……それではだめ?」
「千鶴さんには梓さんがいる。他の人もそう。だからこの役目はボクが一番適任なんだよ。ボクが死ねば万事オッケ―だよ」
 ビシッ。あゆは人差し指を立てていった。でも……
「だめよあゆちゃん……。だってあゆちゃんには、ここを出たら私の妹になってもらうんですもの」
「えっ……」

 それはもしかしたらこれ以上に無い程残酷な話かもしれなかった。しかし千鶴は――たとえこのことが
 代償行為だのなんだのそしられようとも――決めていた。
「もしあゆちゃんがそれでいいって言ってくれたらだけど……、これが終わったら私の妹にならない?」
「……」
「私、これでも結構お金持ちなのよ。鶴来屋っていってね、地元じゃ結構有名な旅館を経営しているの」
「……」
「家も結構大きいし、あゆちゃん一人くらいきても全然大丈夫」
「……千鶴さん」
「それでね、ここからみんなで無事に帰ったら、そこでみんなでお通夜をしましょう」
「……お通夜を?」
「そう、知ってる? お葬式はね、死んだ人たちに敬意の念をもってあの世に送る儀式なんだけど、
 お通夜はね、みんなでわいわい騒いで、元気にやっている姿をみせる儀式なの」
「……どうして?」
「だってそうでしょう? 自分が死んだ後にね、もし自分の大好きな人や大切な人がづっと泣きつづけて暮らしていたら、
 それはとっても悲しいことだとは思わない? だからお通夜は、あなたが死んでとっても悲しいけど、私達はあなた達の死を
 無駄にせず、元気に生きていくことが出来ますよってのを見せるためにするの。私達はしっかり生きて生きますよってね。
 元気にしっかり生きていく、それが死者に対する最低限の礼儀」
「…………」
「だからね、あゆちゃん」
 千鶴はにこって笑ってあゆの両頬をしっかりと握り……
「死・ぬ・な・ん・て・、軽々しく口に出してはいけないの」
「ひゃ、ひゃ、つぅじゅりゅしゃん、ひぃたひぃひょー」

「本当は……」
「駄目だよ千鶴さん。気持ちは嬉しいけどボクは帰んないからね」
 頬を真っ赤にしたあゆはいう。説得は無理そうだ。残念だけど……すこし嬉しかった。
「それにね、ボクさっき木から落ちて天使さんに会ったっていったでしょう」
「ええ……」
「その天使さん、まだよく思い出せないけど、天使さんと会った時に感じたのと似似たような感じ、さっきの社で感じたんだ。
 それと天使さんがいた所にはにもうひと……」
「話中にすまんのんだが……」
 不意にG.N.が二人に声をかけた。
「なにかしら?」
「この施設の屋外監視カメラになんじゃがな」
「ええ」
「一瞬じゃが生存者を確認したぞい、ただな……少々様子がおかしい」
「……? 確認させていただけますか」
「すこしまっておれ……。そりゃ」
 G.N.のモニターに一人の人物が浮かび上がる。そこには……


「……梓!!」



【029北川潤 体内爆弾を吐き出す】

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