三度現れし彼女


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「待って!」
再び北川をひきとめたのは、やはりあゆであった。
後から思いっきり襟を引っ張ったので、北川の顔色が変貌しているが気付いていない。
ずりずりと施設内部に連れ込まれる北川。
「ぐぇ…今度は、なんだっ!?」
「忘れ物だよっ!」

コンピュータールームに舞い戻った二人が最初に出会ったのは、ぐったりと消耗したスフィー。
詠美と芹香は、彼女を医務室へ移そうとしていたようで、扉を開けた詠美が怪訝そうに尋ねる。
「どうしたのよ、北川」
「いや俺じゃなくって、この娘が-----」
そう言って、あゆを指差そうとしたのだが、既に彼女は芹香の下へと移動している。
…侮れない素早さだ、と妙なところで感心する北川であった。

当のあゆは、芹香と何かの相談している。
そして二人同時に手をひらひらさせて、繭に向かい”おいでおいで”をした。
「みゅ?」
いつもの奇声を発して歩く繭が、芹香の膝の上にちょこんと座る。
(このご時世に、なんちゅうほのぼのした光景だ…)
などと努めてシリアスに、半ば呆れていた北川は、次の瞬間予想だにしない展開を経験するはめになった。

「みゅーーーーーーーーーーーーー!!」
繭の絶叫。
「!?」
「何だあ!?」
詠美と北川は顔を見合わせ、頷き合うと同時に繭たちのほうへ駆け寄る。
「何やってんだ!」
間に入ろうとする北川が見たものは、毒々しい色をした-----キノコ。
あゆが、そのキノコを繭に無理矢理食べさせようとしているのだ。


今や繭と取っ組み合い、騒乱のさなかであゆは叫ぶ。
「千鶴さんが言ってたんだよっ!
 芹香さんの持ってるキノコを、繭ちゃんに食べさせなきゃいけないって!」
完全に子供の喧嘩状態になっている二人を見ながら、手を出しかねている北川に向かって詠美が命令する。
「よくわかんないけど-----てつだうのよ、したぼくっ!」

…最早、彼女の間違った日本語を、根気強く修正する人物はいない。
「く、くそっ!何で俺が!? それに、したぼくってなんだ!」
疑問に思いつつも、キノコ強制摂取戦に参戦する北川が居るのみだ。
かつて居た彼の親友が、そうしたように。

むぎゅ。
「みゅーーーーーーーーーー! 嫌だよ、おいしくないよ-------!」
むぎゅ。ごくん。

叫び。
そして確かな咀嚼音と続く嚥下音。
最後に訪れる、静寂。
「……」
「…繭、ちゃん?」
「…繭?」
全員が、繭の顔色を窺っている。
対する繭は、背後の芹香のように、完全な無表情を保っていた。

数瞬の間を置いて、繭が目を閉じる。
今までなら、そのまま寝てしまうのだろうと思われたが-----

 「…この情況で呼ばれても、困ってしまうわね」

-----そう言ってアンニュイな溜息を吐いたのち、ゆっくりと開いた彼女の目の色は、高度な知性をたたえていた。

二人のキノコ被験者を目にした数少ない被害者である北川は、悪夢を見る思いで呆然としていたが、ようやく我を
取り戻すと、最後に一本残ったキノコをまじまじと見つめて、疑問を口にした。
「…ちなみに、俺が食うと-----どうなるんだ? 食うまで、判らないのか?」
「だ、駄目だよっ!
 これは繭ちゃん専用なんだよっ!」
更なる混乱を呼ぶとしか思えない、恐ろしい問いかけを慌てて却下しながら、あゆがキノコをひったくる。

シリアス北川はどこへやら、あゆと同レベルで口喧嘩をはじめた二人を無視して、繭が立ち上がる。
くるりと振り向くと、二人が取り合いをしているキノコを指差し、芹香に尋ねた。
「残りの一本。
 頂いても、いいかしら?」
(こくこく)
頷く芹香。
そしてお互いの目の奥にある、他人には受け取られにくい光を見つめて、語りかける。
「……?」
「そうね…色々不明な点もあるけれど、今後多くはあなたに依存することになると思うわ。
 あのコンピューターは曲者だけど、融通は利くようだから、利用するだけ利用しないと損よ」
その後繭は、今まで見ていた参加者の動きを-----本人ですら気が付いていなかった詳細まで-----予測を交え
つつも精密に芹香へ伝え、芹香もいくつかの情報を提供し、最後に二人は静かに頷き合った。


「それじゃ、今度こそ…」
「ちょっと待ちなさい」
再び出発しようとした北川を、今度は繭が引き止める。
「あなたのその指で、自動小銃は無理があるわ。
 今から行くとなると、他人の援護から戦闘に入る可能性が高いから、こっちになさい」
そう言って武器を詰め替える繭。
「むむ……」
釘を添えて真っ直ぐになった利き手の人差し指を見ながら、北川は不機嫌そうに押し黙った。


しかし、思いがけぬ繭の行動は、それだけではない。
自らも鞄を肩にかけると、あゆと並んでさっさと歩き始めたのだ。
「…さ、行くわよ北川」
「……は?」
「利き手の使えないあなたよりも、まだ私たちのほうが当たるはずよ。
 あなたに死なれると困るかもしれないし、不満なら、あなたが残ったっていいのよ?」
「そ…そういう問題じゃないだろ!」
足手まといがまた一人、とまでは言わないまでも、心配の種が増えることに北川は不満を漏らす。

しかし一方の繭は、涼しい顔をして答えた。
「…そうね、正直に話す必要はあるかもしれないわね。
 あなたは往人さんとやらに”殺す”とまで脅されて、ようやくここに着いたくらいの方向音痴のようだから。
 私があなたを導いてあげるしかない、というのが結論なのよ」
「な…何で知ってんだ!?」
「ふふ-----乙女の情報網を、甘く見ない事ね?」

そう言って余裕たっぷりに笑った繭は、今まで長らくそうしていたように、画面の光点を見つめていた。
(近くに、来てる)
飛び出した彰が、正確に千鶴やフランクを追えているのならば。
その位置近辺に、かつて知り合った繭の知人のそれを含む、三つの光点が迫っているようだった。

 (もうすぐ-----きっと、もうすぐ-----会えるわね)

 そう心に念じた繭の脳裏に。
 北川の抗議は、届かなかった。



【北川潤 ステアーTMP、応急処置セット、ナイフ1本、硫酸タンク所持】
【椎名繭 ステアーTMP、セイカクハンテンダケ1本所持】
【月宮あゆ イングラムM11、種、ナイフ1本所持】

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