結末


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……マルチです。
この部屋は、静かになりました。
先程までの騒音と悲鳴と、怒声とが、嘘のように静まり返ってます。
まるで時が止まったみたいに思えます。

何が起こったのか、即座には判断できませんでした。
今も、出来ていません。

目の前に立ち込める硝煙と、血の赤。
あまりのことに、私の中のブレーカーが落ちることさえありませんでした。
生まれて、初めて目にしたその光景は、あまりに凄惨で、信じ難いものでした。




舞い降りる茶碗や機片の残骸。
「きゃあっ! なによなんなのよもー!」
砕け、紫電を起こすメインモニターだったもの。
「…………」
爆風というには、あまりにささやかな風が揺るがした三角帽子。
その向こうに見えた双眸は、悲しくも、しっかりと前を見据えている。
その視線の先に、疲弊しきった表情のスフィーが銃を構えている。
未だ、銃口の先を微妙に彷徨わせながら。


カシャン!
降り注ぎ、地面に転がる残骸の音は、最後に陶器の欠片が地面に跳ねた所で止んだ。
後に響くのは、モニターだったものが巻き起こす小さなスパークと、かすかな吐息。

詠美が再び態勢を立て直した時、すでにスフィーの手にした銃が再度、火を吹いた。
「………っ!」
芹香の小さなその悲鳴がかき消される。

ガシャガシャン!
原型を留めていないモニターを再び弾丸が抉り、辺りに破片を撒き散らす。
今度は、赤い血飛沫と共に。

「あんたっ!」
既に、詠美の手には銃が握られていた。
自らが、御堂がポチと呼んだ、その銃をスフィーに向ける。
スフィーも腰を落として撃った為か、今度はそこまで体は流れなかった。

赤く染まった芹香が後方へと崩れ落ちるのと、スフィーが詠美に銃口を向けるのはほとんど同時だった。
「なにしてんのよっ!」
真中に置かれている机へと沈むようにしながら、そうしながら詠美からも銃声が放たれる。
そして、スフィーからも。

双方共に、外れる。
一つは天井へ、一つは、詠美のいた空間を飛び、壁をえぐった。


(何かを、しなくちゃならないんだ……)
スフィーの心が、その衝動を駆り立てる。
「はうっ……!」
ただ、呆然と立っていたHMを突き飛ばすようにしながら、もう一度二の足で立つ。
足りない魔力を、体力を、気力で振り絞って、銃を撃った。
もはや何かしらの破片しか残されていない机を。
銃痕でボロボロになった壁を。
真新しい血が滴り流れる床を。
幾つかの弾丸が踊った。

(終わらせるんだ)
目の前の惨劇が、そうすることが終わりへの道と信じて。
正しくは、それが信じた道と強く念じて。
「………ぅぅぅ〜〜!!」
気付かない内に、スフィーの瞳から涙が零れ落ちていた。
正しく認識はできなかったけど、それはスフィーが無意識に流した悲しみの涙だった。


机の陰から、詠美が再度、両腕で銃を持って。
『もっと…腰を…落とせ…腕はこう…』
今は亡き、御堂の声を聞いたような気がした。
かつて、人を撃ったときのように、
御堂に、支えられるかのように。
どうして撃たなくちゃならなくなったんだろうと思いながら。

そう思う。
和樹も、由宇も、御堂も、そして、すべての死んでいった人達にそう思う。
どうして死ななきゃならなかったんだろう、どうして殺したんだろう、殺されたんだろう、と。
スフィーと、銃の握られた自分の手を見ながら。
(こんなこと、かんがえたことなかったけど、すごく、悲しいよ。悲しいね、和樹)
下唇を噛み締めて、スフィーへと狙いを定める。
『狙うのは眉間だ…俺が撃て…と言ったら…撃て』
もう一度、御堂の声が頭に蘇る。
(撃って、それから、どこに行くんだろう)
この島での狂気の行く先を。
スフィーの瞳と、詠美の銃口とが、かちあった。
『撃てっ――!』
最後に、御堂の声がそう聞こえた気がした。


詠美の指に力がこもった。
だけど、弾丸が発射されることはなかった。
なかったのに、銃声は再度響いて。
三度、地面に尻餅をつく。
「……ぁ」
じわりと、滲む景色。それは鮮やかなほど紅く。
そのまま、ドウッっと、後方に沈んだ。

(けんたろ、結花、なつみちゃん、みどりさん、……リアン。終わらせるから)
魔力がなくなって、霧散してしまわない内に。
だけど、終わらせて、それで。
(私は、どこに行くんだろう)
何かに導かれるかのように、その部屋を後にする。
彼女の双眸からこぼれた涙の雫が、一滴だけ血の池に跳ねて波紋を作った。


「…………」
よろよろと、芹香が詠美の元へと這いよる。
「…な、なにが、あったのかな…?」
詠美の掠れた声に、芹香が短く思案して、かすかに首を振る。
「…撃てなかった…だって、スフィー泣いてたから、悲しかったから。
 撃てば、良かったのかもしれないけど、やっぱり、撃てなかったよ」
苦しそうに声を吐き出す詠美の頭を、ゆっくりと芹香が撫でる。
その手もまた、苦しそうに震えていた。
「泣いてたから、それ見ちゃったから、
 撃って、先を見る未来は……
 撃たれて先のない未来よりも、後悔するって、思ったから…」
ばかやろー、と、御堂の声が聞こえた気がした。
「今行くね、和樹、由宇…したぼく…よてい…早まっちゃったね」
ふるふる、と芹香が首を横に振る。
「――――ごめん――」
芹香の腕の中で、ゆっくりと息を吐いて、そして力が抜けた。


「詠美さんっ、芹香お嬢様…」
HMは何も出来ないままに。
それでも、何もしないよりはと芹香に近付く。
「……」
「えっ?そんな…そんなこと、言わないで下さい!」
「……」
芹香の口が、『後はお願いします』とはっきりと動いた。

帽子が血溜まりの上にぱさりと落ち、美しい黒髪がHMの腕を撫でた。
こんな島でも、その黒髪だけは変わらず綺麗だったから。
「そんなこと言わないでくださいよ〜!」
だから、目の前がなおさら信じられなくて、泣いた。
機械でも、泣いた。
「……」
必ず、道はあるから、と呟いて、詠美に重なるように倒れた。
「芹香お嬢様っ!」

「綾香ちゃん…浩之さん――」
最期に、はっきりとそう言った。




……マルチです。
この部屋は、静かになりました。
先程までの騒音と悲鳴と、怒声とが、嘘のように静まり返ってます。
まるで時が止まったみたいに思えます。

私は機械です。だから、年を取ることもありません。
壊れることはあっても、死ぬことはありません。
直せばまた動けるんですから。
だから、死ぬことの悲しさが分からないです。
だけど、さっきまで一緒に楽しくお喋りした詠美さんや芹香さんが…
ただ静かに眠ってそして、もう目が覚めないのを見て。

人が死ぬってことがなんとなく分かったような気がします。
今はただ、悲しいです。


【011 大庭詠美 037 来栖川芹香 死亡】
【050 スフィー M4カービン所持 部屋の外へ】
【G.N 緊急維持モードの為、機械の中側へ強制移動 メインモニター全壊 CPUは無事】

【残り12人】

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